ひょうすべの誓い 節四拾六

文字数 888文字

 この両者の交わりは、愉快なものだっただろう――かつて、中国の大内氏は、日明貿易であげた利益を注ぎ込み、山口に小京都を現出させた。輝元も大毛利の貴公子であり、戦国大名以上の教養の持ち主だった。
 それなのに、秀吉政権下繁華を極めつつある京洛に魅了された。
 聚楽第に魅せられた――
 おのれより教養のある相手に感化をおよぼすほどの痛快があろうか――
 「すばらしい」
 秀吉に案内され、聚楽第から京城を一望した輝元は、つぶやいた。
 
 八幡とは――八秦とは。
 こういうものだったのだ――
 ここまで行き着くことができるのだ。
 
 もう、多くを語る必要はあるまい――桃山文化の爛熟期……狩野永徳、長谷川等伯、千利休、出雲阿国、朱印船貿易、南蛮船、キリシタン、琉球や朝鮮の文化も流入し、陶芸が釉薬の光輝のみならず古田織部に代表される歪みと微笑をたたえるようになり、絵画には金粉がふんだんにもちいられ、欄間などの彫刻は精緻絢爛なものがよろこばれた――その一方で、東山文化から継承された抑制の美は、「侘び」「寂び」として大成し、華麗と幽玄が、奇跡のようなバランスをとって、止揚する……
 
 南無八幡大菩薩――その神意がみちびくところ、まこと、本邦に天竺がはなひらいたのだ……
 秀吉は、その最高の主宰者だったのだ。
 
 (おわるのだな)
 このかがやきのなかで、輝元は、そう確信した――きらびやかで、よろこばしいものは、うしなわれる……
 中華では、盈満(えいまん)の咎め、月の満ちたるごとく瑕瑾(かきん、きず)なきものは、かえって、災いのもととされる――亢龍(こうりゅう、天へ昇る龍)悔いあり……
 輝元のなかに脈打つのは、古朝鮮の記憶であり、百済からひきついだ、無常の心だ。
 常世の国なぞ、この地上にはない――永遠なぞありえない。
 だから、このよろこばしく、かがやかしいものは……ながつづきしないのだ。
 (ようやったな
 (秀吉
 (いやさ
 (関白殿下)
 心の底から、輝元は称賛した――有頂天という言葉は、天界でも頂点にあること……
 (おぬしは、のぼりつめた)
 そして、のぼりつめたものは――もう、くだるいがいにないのだ。
 
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