まつろわぬ民 節八拾六

文字数 2,146文字

 そも、秦氏は、農業土木の分野で名をはせた一族ではないか――山城国を開発し、だからこそ、大和を出た帝は、こなた、長岡へ遷御された……
 開拓の最前線にいる。
 それは、いにしえの時代には、重宝されよう――
 
 この点、作者は、いささか妄想をたくましくしている――たしかに、秦氏は、農業の分野で活躍し、他に金属の採掘、精錬、織物といった技術をもたらした。
 
 この内、金属の採鉱と精錬、さらには粗放ながら加工の技術は、実は、農業より以上の、秦氏の枢機だったのではないだろうか? すべては、
 
 鉄――(てつ)だ。
 
 製鉄技術だ。
 そこからはじまっている。
 鉄と、それをものする能力が、日本史のみならず、文明史にとって、どれほど重大なターニング・ポイントとなったことか! この歴史を変動させるダイナミズムの担い手を、ついつい、秦氏に見いだしたくなってしまう――
 鉄――腐食し、分解されてしまうものの、加工しやすく、強固で鋭利……武器としてはもちろん、農具にも、金槌にも、針にもなる――そのおおくは、人間が手持ちにする道具を補強するためにもちいられ、

 つまり、マンパワーを増大させる。
 
 鉄の固さ、鉄の鋭さ、鉄の重さ……それらがなし得る限りの機能を、人体に約する……
 これが、古代的状況でのゲーム・チェンジャーとなるのは、当然であろう。
 増大したマンパワー――われわれは、自然にたいし、無力ではない。
 
 なんだってできる――
 
 この、慢心と闘争心が、あぶらぎり不敬で獰猛な精神が、人類にそなわるにいたった契機にほかならない。
 この精神――そして、鉄がもたらす実際的恩恵……
 鉄の刃をそなえた鋤鍬は、それまでより、よほどふかぶかと地面をえぐる……
 大地がかわっていく……
 これが、農業土木の分野に影響しないはずがない――
 古代において、土木技術と製鉄技術は、不離不可分だったのだ。たとえば、鋤(すき、シャベル)をかんがえていただきたい――木のままのシャベルでは、はなしにならない――いや、実際に歴史上、木の棒で土木をやっていた段階もあるらしいが――。その先端を金属で補強して、ようやくつかえるものになる――
 それが、青銅ではなく鉄になれば、いよいよ、道具として有益となろう。
 同じことは鍬にも言える――木製の柄に、鉄のブレード。これで、地面をより強くうがち、開拓をすすめることができる……くさかり鎌ひとつにしても、鉄の刃かどうかで、万事、能率が変わってくる。
 鉄の偉力――それがもたらす偉観……
 草木を刈り、平地を耕し、田地をおし広げていく……最終的には川筋をつけかえ、山の形を変え、湖沼や海をうめたてる……農業は土木であり、そうである以上、大地・地形に対する道具として鉄器を得たとき、人類は飛躍する。
 秦氏が、本邦におけるこのムーブメントの担い手だったとかんがえたい。
 彼らの農業土木は、製鉄技術と表裏一体であり、むしろ、金属を見つけ、精錬加工するその技術が、彼らの農業力を成立させたのだ。
 古代日本において、鉄は、はじまりは、朝鮮から輸入するものだった――そして、彼らはそこからきた。
 それほどむちゃな想像ではないだろう――
 秦は、鉄の民だった。
 そして鉄は、それをふるう人手を……人口を求める。
 それを用いて大地を拓き、集落をきずく意欲に富むものたちを……地方の民を!
 
 (くろがね)の意志が、彼らを全国へみちびいた。
 
 ホサナ。
 その意志と必然がみちびくところ――これに抗し、不自然に中央であしをとどめるさまこそ、あのひょっこりひょっこりと足踏みする妖魔に相違ない……
 日本、というのは、製鉄集団にとって、まさに膏腴(こうゆ、肥沃な大地)であるらしい――出雲を代表とする良質の砂鉄がある……しかも、強固、といってもいいほどに強大な再生力を持つ山林に富み、山を丸ごとはだかにする製鉄作業の燃料に欠かない……
 東北は有名な鉄の産地で、関東もわるくはない――そしてそれ以上に、この段階で、まだえびすの勢力圏があるものの、潜在的な農地がひろがっている……
 神武天皇以来の東征の運動(ウラジオストク)、ついに、ここまでいたれり――
 今度は、八幡の氏族、秦氏がその先遣となる……鉄器と製鉄とその他の諸技術をたずさえ、農業土木の技術団が東征する――朝の東漸が、ひっきょう、米作を基軸とした稲作文化圏の拡張だったことをかんがえれば……これは、南蛮人の征服にさきだち情報収集と改宗のために尖兵となった宣教師――その霊的闘争(プシコマキア)にひとしい……
 鉄を。
 鉄を。
 ――鉄器が約する産業の楽土を……
 農と百工のちまたを!
 それが、彼らの根底をながれる意志……希求だった。
 より良質で、より豊富な、鉄……それがもたらす技術革新と、高度化する人間社会――
 鉄器が、時代をぬりかえていく、それはあまりに当然の潮流だった。
 その狂瀾はなにものにもとどめがたい――世界史の必然だったのだ。
 八幡。
 八秦(やわた)
 八岐(やまた)……
 今は、その盛名は口にすまい――太古、世界史の必然を背景にあれくるい、神話世界最大の魔物として封じられたものどもがいた。
 それはきっと、秦氏よりも古い記憶……いにしえは、どこまでも大口を開けて、見るものを引き込みながら、見つめ返す深淵(アビス)なのだ。
 鬼灯(あかかがち)(カガミ)もて……
 
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