まつろわぬ民 節百六拾四

文字数 2,066文字

 大輪のようだ……
 過去と未来が――()と鬼差しが……
 
 ひととひとが……
 
 現在(いま)に――
 
 (

だ!)
 鬼の王は、おしよせる(あした)を前に、立ちすくむ――歯噛みする……
 鬼の激情がわきあがる……獄炎がうなる……
 飛翔するのは蝙蝠――生死の境を舞うちょうちょうではなく、獣か鳥かえたいのしれないものが踊る……
 現在(いま)に対応できず、天平奈良の昔に属するおとこのように……!
 
 みとめられるか……!
 
 あの目の底を灼く色彩……毒々しい色合い、煩わしいとしかいえぬ構造が、毒虫の外骨格のごと、もののふどもの体表をおおう……それをまとうのは、地下(ぢげ)ということばすらふさわしくないしもじもだ……地下? おぬしらは、その地下にうずもれた、いずこのものともしれぬ馬の骨であろうよ……!
 
 あの雑兵のむれが、京を席巻し、日の本を簒奪する……!
 正統なる王朝は打倒され、退隠を余儀なくされる……!
 
 そんな未来を(うべな)えというのか……!
 (巫山戯(ふざけ)るなー)
 鬼の王の私怨が燃え、公憤が天を焦がす……
 きーちー、蝙蝠が飛ぶ……火の粉が、吹きあがる……
 
 その熱風ときらめく粉末に……軌跡と、鱗粉をちらす――
 
 

……
 
 鬼の王の面前を過る……
 生と死――その彼岸にそびえる道返大神(ペテロ)……
 
 (あにうえ)なぜ――
 なぜ――!
 
 みとめろとおほせなのですか……?
 
 おおいなる一諾――
 主上(おかみ)のあたえた認証……
 鬼の王は、生木の裂ける(いた)みと、天地の動ずる傾斜をあじわう……!
 
 早良親王(さわらしんのう)――
 
 (おと)

(く)
 
 君臣の別に、もっとちかしい区別がまじる……
 そして、御意を担ったてふてふは、ひるがえり、しめすのだ……
 
 見遣れ
 
 宝だ
 
 (くうー)
 
 鬼の血走ったまなこがむかうさき……ひととひととが、むすびつく――
 縅され――(たま)がつらなり……
 
 水晶の念珠のごと……
 
 (く、く)
 
 そこには、やかましいほどに札と装甲板をつらね、それをして構造と色彩をくみあげている、しんじがたいほどこみいった、およそ、在来の技術とも美観とも異質の鎧兜をまとった、兵団がいる……
 それと手をとりあう、蕃別姓のものどもが――神別も……
 鬼も、鬼差しも……
 ひとも――ひとも……
 
 百姓(ひゃくせい)がいた……
 
 あらゆる素姓のものたちが……
 
 
 大御宝(おおみたから)が――


 (うああああああああー)
 万乗の君の気脈が、鬼の王をつらぬく……
 
 王弟という後継でありながら、皇位につけなかったおとうとへ……
 
 (これが、あにうえの担われたものなのですか――?)
 
 万民とは――(よろず)とは、こうまで……
 
 万は――
 
 蕃でもあったのか……
 
 幡でも……
 
 (あずかりものなのだ)
 
 私するものではない――
 
 海内の――海外の……
 
 そのおおもとから、この列島へとつどってきた……
 
 あずかりものでもあったのだ――
 
 この宝をあずけられているからこそ、王は、私することをゆるされない……
 
 この宝を富ませる使命を負っているからこそ――おのがじしが、犠牲にもなる……
 
 系譜の一枝が断たれることとなろうとも――
 
 それで、この、神別も蕃別も、貴顕も庶民もなく――百姓としかいいようのないものたちが、富むというのなら……
 
 万は蕃でもあり――
 
 海内から
 
 海外まで至る、それが、王たる責務をになうものの――さいわいなのだから!
 
 (う
 (く
 (く)
 
 武家……
 新時代――!
 
 なんという――
 醜い……
 
 (しこ)ぶる……
 
 美しさか……!
 
 (があー)その豊穣――その富裕……その活況……!
 
 それが、大御宝にくわわるものだというのなら、はばむ事由など、ありえない……
 
 たとい、そのために、おのれの一族が絶やされることとなろうとも――
 
 日出ずる処の王朝が、日陰にまわろうとも……
 
 「予は


 「そなたらを言祝ぐぞ!」
 
 
 鬼が……いや、早良親王が、おっしゃられた――
 
 皇統という万世一系、正統の糸が――
 
 多彩に縅された、異彩の糸へ……
 
 八幡という名の異端の糸へ――!
 
 「育め
 「蕃なるものたちよ
 「(よろず)を手にし
 「万民となり」
 
 逡巡は――雷火のごとく……
 
 一瞬で過る……!
 
 「いつか、王朝をも追い
 「まつりごとをにぎれ
 
 「本朝の
 
 
 「鬼子(おにご)どもよ!」
 
 
 鬼子――親とは、にてもにつかぬ……
 それでも、わが子……!
 
 
 衝撃が、雷震(らいしん)のごと、洛中に広まり――それをもたらした細石(さざれいし)のはぐくまれた巌のごとく……
 
 巨大なとどろきとなって、
 
 国中をわかす……!
 
 
 兵主神が歓呼する――ひょうすべどもが拳をかかげる……
 武者どもが槍先を挙げ……
 
 正統から異端へ、時代は継承される……
 
 ――さぶらふものは、あだやおろそかにはいたしませぬ!
 
 すべてのものが、誓言をささげる……
 万世一系――その至極の正統を、冒しはいたしませぬ、と……
 
 八幡が誓う……
 
 その誓約を託され、大御宝にむきあわれる……
 
 早良親王殿下は、まぎれもなく、王そのものであらせられた。
 
 王弟はこの一時だけ――天皇(すめらみこと)を担ったのだ。
 
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