まつろわぬ民 節六拾二

文字数 1,300文字

 技術――技術者というのは、大勢やその気分とは、どこか独立したところにいて、それ故、どこか正体の知れない――妖怪のように思われる節がある。
 前にも触れたが、幕末時代、佐賀藩で蒸気船やアームストロング砲の補修・製造能力を開発していた、開明時代のアドバンテージ保有者、鍋島閑叟(なべしまかんそう)は、攘夷の尊皇のと政見に関わることを口にせず、ただ黙々と技術を涵養しつづけ、江戸城内にあって「肥前の妖怪」と気味悪がられた……
 政局――政治……まつりごとなど、祭事(まつりごと)なのだ。
 そう、一笑に付すから、技術者の進退は他と際立って異なっていて、時にわれ関せずの不羈独立の風貌を保ち……周囲から煙たがられる、へんくつものになる。
 まあ、理系と文系なのだろう。
 (ことわり)に対するのか、人に対するのか――正解もなく、わかり合える望みもない。
 秦氏の向後――
 相変わらず、飛躍しがちな雑考を漏らすことをお許し願いたい。
 大鎧(おおよろい)、というものがある。
 武者の甲冑だ。源平や鎌倉時代の武者装束で、一番代表的なものを考えれば、まず間違いない。五月人形で飾られるやつだ。大仰に反りを打った前立――鍬形(くわがた)。これも胸を反り返らせるように、大きな兜の吹き返し。色とりどりの(さね)を魚鱗と連ね、それを(おど)(いと)の鮮やかさなど、世界的な美術史上のものなのだという……
 ただ、けんらんすぎやせぬか?
 よくよく考えれば、あの大鎧の色彩感覚と、おのれを大きく見せようと背伸びするような造形感覚は、なにか、中間色の多彩さに美を見出してきた、日本的なものとは別条のような気がする。グラデーションでおのれを主張しながらも、おのがじしさえさらに大きなグラデーションに融け込ませ、周囲との調和を破ることを嫌っていた基調から、外れている――それは、合戦に身命を賭する武者の矜持、以後顕著(けんちょ)になる侠気(きょうき)の史上に属する美的感覚なのだろうが……
 ただ、そこに、具体的な表現手段を供したものの感性は――なにか、日本的と言うよりは……
 大陸的、
 と、称してもいいような、華美と豪奢に傾いているような気がする……
 あの大鎧の、本当に、クワガタ虫にも似ている、華麗に色彩を連ね、我を少しでも偉大に誇示しようとする姿勢は、例えば、一般に唐風の衣装だと言われる四天王像などの武装に並んでも、見劣りしないエゴが打ち出されている……
 どうして、ああもギラつく個性が打ち出されるようになったのか――それを表現できるだけの物の具ができるようになっていったのか。
 あれは、もしかして、
 大陸人の感覚、なのではないだろうか……?
 もっと言えば、特に、色彩感覚において、否定しきれないほどに、
 「唐様」が、のぞいている……?
 だとするのなら、そもそもそれを持ち込んだ張本人は……?
 「武」という技術の集約地点にあって、まさに「武」で立つ武者どもに、その命を繚乱と咲かせる大陸の香る舞台衣装をこしらえてやった、その職人は……?
 坂東という、自然と資源の宝庫にあって、浮き立つようにそれらの材料を用い、金属と皮革と漆をおごった、素材や技術を前面に押し出した美術品(アート)を製作した、その一団は……?

 

……
 
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