習合 節十六
文字数 3,056文字
「お、おのれ。おのれ」早良親王の歯が鳴る。蝙蝠扇に噛みつき、がじがじやる。その歯と歯の間で、本物の蝙蝠となり、きーちー叫びながら、噛み砕かれる。(主上 、主上、なぜ故、なぜ故、平城至福の京を捨て給うたのみならず、あのような蕃神 を京城の守りに配されまする)
「控えよ、夷 」居丈高に、言い放つ。実際は、空の高みから見下ろそうにも、牛頭六臂の魔神は、地にありながら、それに比肩する高みにある。「親王が行幸 ぞ。うぬがごとき海外の下郎に、邪魔立てされるいわれとてない。その地 、予に譲れ」
兵主神は、譲らない。依然、碁盤目の地には、白石が置かれている。
囲碁は、陣取り争い。囲む競技。
京城を囲む要所を、占められた。
「わりゃあ」親王の口から毒焔が上がり、蝙蝠どもが、きーちー鳴きつつ、鬼火に変じる。
「親王の道行きを譲らぬとは、いずれの貴顕気取りかよ。よかろう、予をいただく神輿ながら、喧嘩神輿、いやさ、場所を譲らぬ牛車同士、車争いぞ」
新たな蝙蝠扇を手に、早良親王は、兵主を指す。
「いざや、ものども。あの四つ眼の牛めに、目にもの見せてくれようず」「応さ」鬼火がたなびく。雨中、百鬼夜行が、妖星のように、悪所へ殺到する。
早良親王が、合掌看経 し、妖力をこらすと、吶喊の一歩ごとに、剛毛の生えた赤鬼の足裏が、指貫を穿いた貴人の沓裏 が、巨大なものとなり、燃え盛る鬼火も、日月のごとき人魂 と変わる。ついには、もとの高度を占めながら、地に足着いて、蚩尤の軍勢を蹴散らし、兵主神へ突き進む。
早良親王ははやくから巨刹で修行し、「親王禅師」と謳われた人傑だ。
「どけや赤牛、かしこはわが石を置くべき地 じゃ」
百鬼夜行が押し寄せるなか、蚩尤は、胡座を解いて、その巨躯を佇立させる。六臂 (六本腕)が、それぞれに、矛 、戟、剣、鉞 、杵 、槍、をたずさえている。それだけではない。兵主神は、八千矛神 と習合している。これは、大国主命 の軍神としての呼び名だ。「数多くの兵器を保有するもの」という……
蚩尤の頭上には、天使の輪 のごとく矢をつがえた弓がある。その両足にも、車輪 のごとく武器が備わっている。
牛車か戦車 ――万軍の主の車 。
軍の字とは〝車〟なり。
古人曰く、囲碁は、その上に「天地の象」あり。次いで、「帝王の治」が、中に「五覇の権」、下に「戦国の事」がある。
天地帝王五覇戦国、なにひとつとて欠けたものなし。
両者は、碁盤目の都市で、激突する。
衝 。
そして、
合 。
両雄並び立たず――不二 も泰山も唯一をうたう……
囲碁は、道と道の交わる「辻」にのみ石を打つことができる……えらく、せまくるしいものに思えるが、これは、仕方がない。
布石する、というのは、秩序 の確立に他ならぬ。
無地の盤は、なんら桎梏のない、無垢の混沌に他ならず、これを区切る聖帝の業が、囲碁となる――ゆえ、方直(まっすぐにまじわる)な道と道の交点に、「道理」たる石を置く……白黒、陰陽、光陰を交換し、結果、昼夜を、日月をすすめていく……
囲碁。
無垢なる混沌をナワバリし、区切り、整頓する……混沌は秩序に転化し、太極(一)より両儀(二)が、四象が、八卦が生じていく――
相手の石――道祖、塞 の石、境界をしめす道標を、おのれの境界にてかこって、結界となす……
宇宙の理を手中とする――囲碁には、「星」という黒点がある。碁盤の中心には「天元」北極星がある……
宇宙 を廻り、黒白が廻り、輪廻と転生をくりかえす……
蚩尤と早良親王――黒石と白石が、碁盤目の京をはなれ、はるか星の原 にて、会戦する……蚩尤は牛頭六臂の魔神から、ブロンズの体躯と鉄の額をそなえる牛頭鬼 に変じ、その鋳物の口中から鉄をも熔解 させる焰 を吐く……巨体をそびやかし、蚩尤旗をひるがえし赤き戎装の兵主部がすすむ白石の軍勢を采配する……
「蛮夷! 王化に浴す栄をさずけてくれよう」早良親王は、毒焔を吐き散らしながら、その丈をみるみる増して、赤黒い巨体の頂に冠をそびえさせる……百鬼の軍団が進撃し、赤き軍装のひょうすべと、激突する……
惨、となった。
唐風の軍装をまとったひょうすべのなかには、鍾馗のごときいかめしいものもいて、鬼どもを斬り伏せ、剛毛の生えた手足を舞わせる……その勇士に、鬼の幢 をなびかせる矛が、幾条となく突き込まれ、槍衾、血祭りに上げる……「ぬうあ」と、うめきながら、ひょうすべの闘士は、剣を振り回し、なお、近づく鬼どもを切り払う……彼ほど大きくはないひょうすべは、突き込まれたその槍衾にひょいととびのり、逆 に槍師旗持ちまで槍の柄を渡って、おのれらの刀槍を鬼へ見舞った……
毒気をまき散らす悪鬼が、大金棒を振り下ろして、ひょうすべを段々壊(だんだんえ、惨死体)へ変える……が、鉄を熔 かす高炉があってこその複雑な形状の得物、「狼牙棒」を振るう兵主部が殺到する。金属のスパイクをはやした長い棒で、これが、鬼の皮肉に叩きつけられ、引っかけ、巨人を地面へ引き下ろす……たちまち、兵士が殺到して、首級を挙げる……
だが、親王側にもひとがいる。大伴、主上のともまわりの名を持つ武人らが太刀を抜き、唐風装束のひょうすべらを斬り伏せる……
「妖王! 覚悟お!」大伴竹良……藤原種継暗殺の実行犯が、太刀を抜きさらして、銅身鉄額のミノタウロスに肉迫する……さすが、暗殺犯というのか、後背の死角からせまった刺客は、
ぬ、
っ~
と、蚩尤が、無造作に伸ばした、六本腕の一本……ゆいいつ、五矛 にぎらぬ赤手空拳に、
その頭頂を、押さえつけられた!
万金の固さ……泰山の重み……それを感じたときには、もう、その魔手は、杭のようにめり込み、
「あぐあ」と吼える鬼哭を断末魔にして、彼を、地面と、掌 とのあいだで、圧搾し、無残な、衣と血肉と鉄器の混合物にかえてしまう……
う、
雄、
吽 ー
蚩尤は吼えると、地面にわだかまる竹良の死体へ、その五矛の一本を、突き刺した!
土生金 ……アース・クエリエイト・メタル――人の死体は、「土」に属するものだ……それを媒介に、蚩尤の霊力が作用し……
「噫 」
「あぐお」
「くああ」
戦場の地面から、無数の戈 、矛 、戟、酋矛 、夷矛 、刀槍、戦斧 ……種々様々な兵器が飛び出してきて、百鬼を、大伴氏を、魔群を、鋭鋒で食い破り、長柄で押しあげる……
血祭り。
血祭り。
尖端から柄を伝い、百鬼の血潮が、戦場を濡らす……ひょうすべどもは歓声を上げ、そうやって生み出された武器を手に取り、兵器も兵士も消耗品とする戦場へ消えていく……
「ハン」
早良親王が、ひいらり、蝙蝠扇を舞わせると、それらは、たちまち、翼を生やした蝙蝠に変わり、数え切れない羽ばたきを起こして、夜のように黒々と、ひょうすべの赤き軍装をぬりつぶす……
「ひあうあ」「あくあ」悲鳴が起こり、蝙蝠の歯牙が、ひょうすべどもの首筋を食い破り、血をすする……
「えびすはものを知らぬ」早良親王は、焔を吐きながら、言う。
「世に、二度死ぬ鬼 はおらぬもの」
呪文 をとなえると、蚩尤が召喚した無数の兵器で槍玉に挙げられ、絶命していた鬼どものまなこに生気――いや、鬼気がともる……わが身をつらぬき、押しあげる長物の竿から、身をよじって、死人が、地面に降りる。
それきり、もはや得物を取るのもまだるっこしいと言いたげに、ゾンビーどもは、鉤爪と歯牙を武器に、兵士たちへ襲いかかる……
衝 。
凶星妖星、いずれも、碁盤の地(ぢ、陣地)をゆずらない……
「控えよ、
兵主神は、譲らない。依然、碁盤目の地には、白石が置かれている。
囲碁は、陣取り争い。囲む競技。
京城を囲む要所を、占められた。
「わりゃあ」親王の口から毒焔が上がり、蝙蝠どもが、きーちー鳴きつつ、鬼火に変じる。
「親王の道行きを譲らぬとは、いずれの貴顕気取りかよ。よかろう、予をいただく神輿ながら、喧嘩神輿、いやさ、場所を譲らぬ牛車同士、車争いぞ」
新たな蝙蝠扇を手に、早良親王は、兵主を指す。
「いざや、ものども。あの四つ眼の牛めに、目にもの見せてくれようず」「応さ」鬼火がたなびく。雨中、百鬼夜行が、妖星のように、悪所へ殺到する。
早良親王が、合掌
早良親王ははやくから巨刹で修行し、「親王禅師」と謳われた人傑だ。
「どけや赤牛、かしこはわが石を置くべき
百鬼夜行が押し寄せるなか、蚩尤は、胡座を解いて、その巨躯を佇立させる。
蚩尤の頭上には、
牛車か
軍の字とは〝車〟なり。
古人曰く、囲碁は、その上に「天地の象」あり。次いで、「帝王の治」が、中に「五覇の権」、下に「戦国の事」がある。
天地帝王五覇戦国、なにひとつとて欠けたものなし。
両者は、碁盤目の都市で、激突する。
そして、
両雄並び立たず――
囲碁は、道と道の交わる「辻」にのみ石を打つことができる……えらく、せまくるしいものに思えるが、これは、仕方がない。
布石する、というのは、
無地の盤は、なんら桎梏のない、無垢の混沌に他ならず、これを区切る聖帝の業が、囲碁となる――ゆえ、方直(まっすぐにまじわる)な道と道の交点に、「道理」たる石を置く……白黒、陰陽、光陰を交換し、結果、昼夜を、日月をすすめていく……
囲碁。
かこうこと
。無垢なる混沌をナワバリし、区切り、整頓する……混沌は秩序に転化し、太極(一)より両儀(二)が、四象が、八卦が生じていく――
相手の石――道祖、
宇宙の理を手中とする――囲碁には、「星」という黒点がある。碁盤の中心には「天元」北極星がある……
蚩尤と早良親王――黒石と白石が、碁盤目の京をはなれ、はるか
「蛮夷! 王化に浴す栄をさずけてくれよう」早良親王は、毒焔を吐き散らしながら、その丈をみるみる増して、赤黒い巨体の頂に冠をそびえさせる……百鬼の軍団が進撃し、赤き軍装のひょうすべと、激突する……
惨、となった。
唐風の軍装をまとったひょうすべのなかには、鍾馗のごときいかめしいものもいて、鬼どもを斬り伏せ、剛毛の生えた手足を舞わせる……その勇士に、鬼の
毒気をまき散らす悪鬼が、大金棒を振り下ろして、ひょうすべを段々壊(だんだんえ、惨死体)へ変える……が、鉄を
だが、親王側にもひとがいる。大伴、主上のともまわりの名を持つ武人らが太刀を抜き、唐風装束のひょうすべらを斬り伏せる……
「妖王! 覚悟お!」大伴竹良……藤原種継暗殺の実行犯が、太刀を抜きさらして、銅身鉄額のミノタウロスに肉迫する……さすが、暗殺犯というのか、後背の死角からせまった刺客は、
ぬ、
っ~
と、蚩尤が、無造作に伸ばした、六本腕の一本……ゆいいつ、
その頭頂を、押さえつけられた!
万金の固さ……泰山の重み……それを感じたときには、もう、その魔手は、杭のようにめり込み、
「あぐあ」と吼える鬼哭を断末魔にして、彼を、地面と、
う、
雄、
蚩尤は吼えると、地面にわだかまる竹良の死体へ、その五矛の一本を、突き刺した!
「
「あぐお」
「くああ」
戦場の地面から、無数の
血祭り。
血祭り。
尖端から柄を伝い、百鬼の血潮が、戦場を濡らす……ひょうすべどもは歓声を上げ、そうやって生み出された武器を手に取り、兵器も兵士も消耗品とする戦場へ消えていく……
「ハン」
早良親王が、ひいらり、蝙蝠扇を舞わせると、それらは、たちまち、翼を生やした蝙蝠に変わり、数え切れない羽ばたきを起こして、夜のように黒々と、ひょうすべの赤き軍装をぬりつぶす……
「ひあうあ」「あくあ」悲鳴が起こり、蝙蝠の歯牙が、ひょうすべどもの首筋を食い破り、血をすする……
「えびすはものを知らぬ」早良親王は、焔を吐きながら、言う。
「世に、二度死ぬ
それきり、もはや得物を取るのもまだるっこしいと言いたげに、ゾンビーどもは、鉤爪と歯牙を武器に、兵士たちへ襲いかかる……
凶星妖星、いずれも、碁盤の地(ぢ、陣地)をゆずらない……