軍囃子 節六

文字数 500文字

 (悪神ではないか)
 冗談ではない。
 皇帝たちの祖と言われる「黄帝」に弓引いた、大陸史上最悪の凶将だ。もろもろの兵器を開発し、また、それらに鉄を用いることをはじめたとされる。武神、どころではない。兵乱の神だ。
 (鎮撫)ということなのだろうか。
 成る程、蚩尤は、魔神であり軍神。かつて、魑魅魍魎や雨師風伯(うしふうはく)を率いて、黄帝に楯突いた。万魔の元帥であり、だからこそ、退魔の威風をそなえる。
 疫、病。
 この生き物の業は、人の営みにとって、万古以来の脅威であり、いつでも社会の存亡を左右しかねぬ猛威だ。それを鎮めるために、さらに、猛々しい武勇を誇るモノを祀る、という考えが存在する。
 毒をもって毒を制す――病魔という猛毒を、蚩尤という特大の毒が。
 「狂瀾は、既倒に廻る」じゃり、ざ、じゃり、地蔵菩薩の立ち去られる足音がする。「既倒へと至る以前には、いつでも、狂奔する怒濤が迫るもの」その背中を、目で追う余裕すらない。
 (これで、四海が平らかになるというのなら)あるいは、そのためならば、この牛頭六臂のいかめしき艨艟(もうどう)(戦艦)も入り用になるのやもしれぬが。
 地蔵菩薩は、行かれた。
 二人は、まだ、立ち尽くしている。
 
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