習合 節廿

文字数 828文字

 五月雨、ではない。これでは嵐だ。二人は、暴風が吹きつけ、矢玉のように雨が叩きつけられる中、悪所へ向かう。「ぬう」「つくづく、外出する天気ではありませんな」刷雄は、合掌し、看経する。
  以爲莊飾。上妙寶輪。 (……壮麗な装飾をもって、上妙の宝輪)
  圓滿清淨。無量妙色。 (円満清浄、無量の妙色)
  種種莊嚴。猶如大海。 (種々(くさぐさ)の荘厳、なお大海のごとし)
  寶幢幡蓋。光明照耀。 (宝旗、旗の天蓋、光明が照らす)……
 華厳の教え、法界無尽(ほっかいむじん)。吹きすさぶ風が、雨音が、幾分か遠ざかり、二人は、なんとか、先に進めるようになる。(まずいな)と、口にするまでもなく、思う。京中には、桂川、小畑川、小泉川の三川が流れている。それらの水路が広がっている。この雨風が、またも、長岡京に、水害をもたらすことになりかねない。
 「おお」二人は、小泉川までやって来ると、言葉を失った。この一級河川が、地の上で猛り狂う龍となっている。濁流、泥濘……普通に考えれば、大水が、汚物を押し流すはずなのに、例の、人界の消化器系を介する異臭が、この大雨を通しても、におってくる。
 すでに、川岸は、汚水に浸されている状態で、川辺の家屋は、水につかり、住人が悲鳴を上げている。水は、後から後から押し寄せ、たやすく川岸を水位が超える。河畔を浸し、執念深い水魔の食指が、ヒタヒタ、家屋の戸板を、壁をまさぐっていく。水路を通って、この水害は伝播して、悪所全体を、汚水で覆ってしまおうとする。
 (うむう)これでは、水が引いた後も、家屋が腐朽し、疫気が沸くこととなろう。(なぜじゃ、こんな)と、おのれの草履と足指を汚水に浸しながら、刷雄は考える。(兵主神は、どうされた)
 得物の金気から、水気をも生み出し、支配する、軍神/水神。この水都の守護神たるべく新生した蕃神は、なぜ、手を束ねられている。
 「兵主神社じゃ。鎮守の社へ向かうぞ」二人は、雨風に抗いながら、ひょうすべたちの社へ向かう。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み