軍囃子 節一

文字数 841文字

   その三、軍囃子(いくさばやし)
 
 刷雄には、目論見があった。自分と世道、陰陽寮、神祇官を、あのぬえが同時に祟っていると知った。(奇禍を、奇貨へ)禍い転じて、だ。図書寮、陰陽寮、神祇官が、呪詛されたのなら、被害者同士で、一致団結して、解決に当たる。そうすることで、より強固に連動し、朝へ訴えることができる。罔象女神を、悪所へ勧請する。こういう案が閃いたからこそ、道祖神を通して、地蔵菩薩に嘆願し、特別に連絡役をつとめていただいた。
 この狙いは、当たった。ともに難局を乗り越えたことで、神祇伯大中臣某とも連帯感ができる。それぞれ、官職や家柄の人脈を伝って、奏聞を上げる。「汚水を浄化する祭神は、罔象女神こそ至当」と。刷雄は、半ばは、藤原氏、祭司の家としての使命感だ。南家も式家も政争に明け暮れているが、多少とも陰陽神通の道に関われば、神別の起源に関心が向く。(玉体の下、正しき神事を執り行い、まつりごとと祭事を一致させる)神意として、大御心を津々浦々まで及ばせる――それこそ、陛下(きざはしの下)にかしずく司祭の役目。長岡京は、桓武帝の手がけられた最大の事業だ。そこに、悪所のような汚点があり、悪疫、悪霊の巣窟になっているのは、よろしくない。
 この意識に突き動かされ、刷雄は、家相見や産まれる子の男女判断、占事万般等、普段は手がけぬ易者仕事を精力的にこなす。味方を増やし、多方面から支持を取り付ける。高橋御坂や大中臣某も、同じように運動している。その甲斐あってか、「聞きましたか。悪所とやらの」「ええ、窮乏と疫禍の巷に、なんぞ祭神を勧請すると」「罔象女神(みずはのめのかみ)」「また、古い神ですな。そのようなものを」「厠の」と、悪所の地鎮が、なにかと人口に上がるようになってきた。
 罔象女神、という既定路線が、堂上の人々に定着する。
 そして、裁可が下った。悪所の(えやみ)や邪気を祓い、その用水を浄化するために、祭神を勧請する。そのための地鎮祭を行い、社稷の鎮まる祠廟を築く。
 右の廟所に勧請する祭神は、『兵主神(ひょうずのかみ)』とする。
 
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