習合 節三

文字数 1,647文字

 「ひょうすべか」世道から下情(かじょう)を聞き、刷雄は苦笑する。(いっそ、秦氏なぞというとってつけた名族の名より、よほど、正鵠を射ているではないか)兵主神、蚩尤の氏子に他ならない。
 「どれ。ちょいと、様子を見てくるか」シトシト、雨の降る中、二人は、朝堂から出て、下京へ向かう。雨降りの中、佇立する牛頭六臂の魔神が、霊感に迫る。
 (どうして、こうなった)と、思わなくもない。
 そも、悪所の下水処理は、自分達が協力を要請されていた問題で、陰陽の側(超自然)の解決法として、罔象女神(みずはのめのかみ)の勧進を思い立った。勧進とは、勧請をすすめること。しかし、徐福、秦氏という競合者が現れ、そちらに敗れたのだ。悪所には、秦の氏神が勧請される。その時点で、身を退くべきだったのだろう。
 (正道は、わしらの方じゃ)その思いは、いまだにある。下水の始末に、かわやの女神……水都のみずを清澄に保つ上で、これ以上の選択肢はない。そも、下水問題に、おのれの氏神を社稷とし、もって繁栄を勝ち得んなどという目論見を挿むこと自体、言語道断。
 しかし、天意は、蚩尤に傾いた。
 ならば、そちらに殉じる。臣節を賭けて。(こんがらがっておる)と、思わざるを得ないが。
 わけのわからぬものに。
 悪所の空気は、不思議なものになっていた。異臭、汚濁は相変わらず。しかし、その程度では、肚の揺るがぬ、粛然としたものが、ピンと一本通っている。戦場に行軍する列のよう。
 軍神の威武。
 疫鬼たちはいないし、魍魎すらなりをひそめている。古来の習わしで、征軍の将には、麾下の処刑権を顕して、斧鉞(ふえつ)、オノやマサカリを渡す。蚩尤の断頭の(エクスキューショナーズ・アックス)が、もののけどもを怯ませ、退散させている。
 戦陣の空気、か。
 兵主神社の普請現場にゆくと、徐福が、

どもに立ち交じって、あれやこれやと指図していた。この男、秦氏の呪術技能者として、それなりに重んじられているらしい。
 「仙人殿」と言うと、ジロリ、そのまぶたを上げ、刷雄を見る。「何用じゃ」「つんけんするでない」かぶりを振る。「昨日の敵は、の、心映えでゆかねばならぬ。すでに、御意が決した以上、わしらの言行は、〝御意〟一つであろう」お心のままに。「おぬしらとしては、こたびのこと、秦氏のなかで決し、施行したいところじゃろう。木工寮、陰陽寮、神祇官、朝堂(ちょうどう)の介入はごめんじゃ、とな」徐福は答えない。長いあごひげをなでさする。「図書寮(ずしょりょう)ならば、如何。これは、もともと、わしらの頼まれ仕事じゃ。方途がどのように変遷しようと、最後まで見届けたいもの」「細工は流々、仕上げをご覧ぜよ、と」徐福が唇をひくつかせる。「よかろう。図書寮にあって、世尊(せそん)の道と陰陽のことわりに明るいかわりものと聞いた。その知見、社の細工として活かそうぞ」
 こうして二人も、兵主神社の建立に参加する。兵主神(ひょうずのかみ)が佇立するひざもとで、ひょうすべどもが、精励している。
  ひょうすべよ約束せしを忘るなよ川立おのがあとはすがわら
 「なんじゃいこれは」と、刷雄は、石灯籠に彫刻されている、得体の知れない生き物を目に留める。妙に出っ張った、左右に離れた両目、耳は獣のようで、四肢と胴も獣の特徴があるが、二本足で踊るように立ち、それぞれの手に、剣か楽器か、棒状のものを握っている。頭頂部からは、丁字型の特徴的な突起物が生えていた。(はて)
 「兵主神ぞ」

の方士が言う。
 (うむ?)古拙、と、評すると、やや手厳しいかもしれない。これは、大陸の蚩尤の祠に彫られている肖像なのだが、なにぶんいにしえの作品で、奥行きの表現が乏しい。牛頭の鼻面がつづまって、無闇と両目の離れた、人面獣身の生き物が、踊っているように見える。牛頭獣身にして、角の代わりに弓を生やし、両手足に武器を持つ、という形態らしい。蚩尤は、牛頭六臂(牛頭にして、六本腕)のほかにも、この姿であらわされる。
 右の姿を聞かされると、「ふむ」と、彫刻をしげしげと見る。
 (使えるかもしれんな)刷雄は、彫刻の蚩尤が携える剣と矛を見ている。
 
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