習合 節七

文字数 2,333文字

 そして、官幣社にみてぐら(幣帛)を収める奉幣使(ほうへいし)が選ばれる。竣工祭(ことをえのみまつり)、ご神体の遷宮となる。
 ことをえのみまつり、事終(ことを)えの御祭(みまつり)、ということだ。建物の完成を祝い、土地の神々に報告する。神社のご神体を動かすことを遷宮と言うが、兵主神社はこの日、兵主神の物実(ものざね)となるご神体を納める。(しょう)篳篥(ひちりき)が奏でられ、まさに、鳴り物入りだ。神明の渡らせる先触れである「警蹕(けいひつ)」の声が上がる。赤い蚩尤旗を立てて、兵主神社のご神体が、(はこ)に入れられて、運ばれてくる。いかにも軍神らしい、長柄の得物だ。刷雄は、この祭りで、祭文や祝詞ではなく、万葉集にある、大伴家持(おおとものやかもち)長歌を、朗々と歌い上げ、ご神体に捧ぐ。
  〽葦原の 瑞穂の国を 天降り (しらし)めける すめろきの 神の(みこと)の 御代かさね 
   天の日嗣(ひつぎ)と (しらし)くる 君の御代御代 敷きませる 
   四方の国には 山河(やまかわ)を 広み厚みと たてまつる 御調宝(みつきたから)は 数へ得ず
 異例と言えば、異例の儀式だ。神事に、万葉集の歌である。だが、当然、ただの歌ではない。大伴氏の長者、家持の歌。大伴氏は、前にも書いたが、大勢の(とも)

のこと。天皇の周囲を固める軍勢であり、大伴家は、それをひきいる家柄だった。
 これは、主上への激烈な忠誠を誓う、軍歌なのだ。
  〽物部(もののふ)の 八十(やそ)(とも)の雄を 服従(まつろへ)の 向けのまにまに 老人(おいひと)も (をみな)童児(わらは)も しが願ふ
   心だらひに 撫で(たま)ひ 治め賜へば ここをしも あやに(たふと)み 嬉しけく
 大伴は、武官の家。天皇の親衛隊だ。
 おのれの声に、いや、そこに宿った歌の言霊(ことだま)に、(たま)()が震える。陰陽、三魂七魄。おのれの半身が。
 当たり前だ。刷雄の母は、大伴犬養娘(おおとものいぬかいのむすめ)。この藤原氏の半分は、大伴氏の血だ。藤原種継暗殺事件で相剋した、二つの氏族の。
 祭司の家、藤原氏。軍事の家、大伴氏。その半身が、騒いでいる……
  〽大伴の 遠つ神祖(かむおや)の 其の名をば 大来目主(おほくめぬし)と 負ひもちて 仕へし(つかさ)
   海行かば 水漬(みづ)(かばね) 
   山行かば 草むす屍 
   大君の ()にこそ死なめ かへり見はせじと言立(ことだ)
 兵主のご神体、五本の矛。()(ぼう)(げき)酋矛(しゅうぼう)夷矛(いぼう)
 蚩尤が発明したとされる五種の武器。
 神器が、万葉の軍歌に震える。
 主上への忠節と、栄えある戦に、奮い立つ。
 ((よろ)しく心得られませ。御身(おみ)らは、皇城の鎮守)
 匣に収まり、本殿に納められた、五本のご神体。それらが鳴動し、(しょう)、と鳴る。(トーン)を。
 鏘。鏘。
 「おお」「なにやら」「本殿から、妙音が」
 (武者震いを――励まれませ、ご神器。こなたは幕営にございますれば)
 (きゅう)(しょう)(かく)()()
 五本のご神体が、五音を発する。
 和音(コンコルディア)
 天体(スフィア)の音。
 (なんとも、楽しげな)
 軍歌(いくさうた)を、軍楽が迎える。
 軍神が。
 お、
 お、
 おおおおおおおおおおおお雄々雄々ー。
 霊感に轟くときの(スローガン)
 徐福や世道のみならず、やや感性の豊かなものたちは、そろって、天を仰ぐ。
 牛頭六臂四眼の偉容がふさいでいる天空を。
  〽大夫(ますらを)の 清きその名を いにしへよ 今の(をつつ)に 流さへる (おや)の子どもぞ
   大伴と 佐伯の氏は 人の祖の 立つる言立て
   人の子は 祖の名絶たず 大君に まつろふものと 言ひ継げる (こと)(つかさ)
 兵主が、言祝がれる。
 かつて黄帝に弓引いた悪神が、護国鎮撫の要たれと。主上を守る(いくさ)〝大伴(大軍)〟たれと。佐伯((さへ)き、異民族)たれと。
 荒魂(あらみたま)が、奇魂(くしみたま)に。
 未加工の(あらたま)が、精錬された玉に。
 玉将。
 (


 蚩尤、などという神号は、日本では知られていない。第一、物騒だ。この兵主神社が祭神にしているのは、表向きは、八千矛神(やちほこのかみ)。あまたの(えもの)をそなえし軍神。その鋭鋒。
 利器の切っ先に、
 甘露を産霊(むす)ばん。
 「北斗星君(あま)(ひしゃく)より天つ水下し給え」急急如律令、と、正装した徐福が、印形を組んで、口訣を唱える。世道も正装しているが、こちらは(おいかけ)をつけた、武官の姿だ。太刀を抜き、その切っ先を立て、しずしずとひざまずく。「蛟竜龗神(こうりょうおかみのかみ)、いざ神剣のいただきに降りませ」
 神通を発揮する。
 ()から(フーム)へ。陰から陽へ。陰から陰へ。
 五行のみちゆき、相生の(ことわり)
 木火土金水(ウッド・ファイア・アース・メタル・ウォーター)
 金、(なが)れて水を生ず。
 金属は、その表面に露を結ぶ。
 五行相生の玄機(システム)を、本殿のご神体が発揮される。
 ()(ぼう)(げき)酋矛(しゅうぼう)夷矛(いぼう)の穂先がかき曇り、露が浮かび、(なが)れる。
 
 ぽ、
 た。
 
 と、

が、水行(みず)が。
 (通った)
 
 
 陰陽五行、五行相生。木火土金水は、この順序で、互いを生成する……。金は、金属器であり、戦などの殺伐の象、陰に属する。
 ここから、陰中の陰たる、水気が生じる。
 矛の刃に、脂がごとく、霜降り、曇り、ふつふつ、経津経津(ふつふつ)
 仏仏(ふつふつ)と。
 露が結ぶ。自重で(なが)れて、(エッジ)に至り、離れる。
 由縁より生じて、宙空に縁を結ぶ。
 結縁(コンジャンクション)
 ご神体から滴った露が、ぴた、と、地面を打つ。天地(あめつち)を結ぶ雨粒のごとく。
 その打擲は、大地をおののかせ、震撼させ、波立たせる。
 波紋(ウェイヴ)
 (おお)
 兵主蚩尤が、軍神となられる。皇城の守護者にして、金。
 ご神体の鋭鋒から流れ落ちるのは、血潮ではなく、水。
 京城の蕃(蛮)にして番なる神にふさわしく、聖別(バプテスマ)させていただく。
 貴族官人、ひょうすべに有象無象。遠巻きに、竣工祭を見守っていたものたちも、本殿から起こったさざ波になぎ倒され、霊感に水行の周波数を刻む。
 生命。
 (たま)
 (たま)
 玉。
 浄化(ピューリファイ)せん。
  〽梓弓(あずさゆみ) 手に取り持ちて (つるぎ)大刀(たち) 腰にとり()き 
   朝守り 夕の守りに 大君の 御門(みかど)のまもり 
   われをおきて 人はあらじと (いや)立て 思ひしまさる 
   大君の 御言の(さき)の 聞けば(たふと)
 御門(みかど)を守護するものとして、兵主神が、新生される。水のように流れ、流転し、再生される。凶器についた血糊を、(すす)がれる。みそぎされる。
 
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