ひょうすべの誓い 節六拾一

文字数 874文字

 結局は、秀吉の目的がどこにあったかだ。どうもこれは、唐入りの後付けとして創作されたエピソードに思えるのだが、側近の記録によれば、秀吉は、山崎の戦いの直後に、信長を失った混乱の中、ずっと思い悩むことがあったという。「日本は以前海外から国家の存亡に関わるような重大な攻撃を受けた。それをどうにかせねばならない」まずそんなことを言う前に天下を統一しろという話だが、すでにこの時期、秀吉の思惑は日本統一以降にあったということだろうか――?
 諸事スケールの大きい男である――足利義満と同じく、商業ベースでおのれの政権を成立させた秀吉は、国家間の関係に目がいっていて、日本と中国の関係を考えるとき、元寇という鮮烈な事件がまず念頭にあった、という可能性もある……元寇、というできごとが、どれだけ重大な衝撃を、事件から三世紀が経過した秀吉の時代にまでおよばせていたのか、われわれには、いまいち想像することができない……
 ただ、この発想法――過剰防衛といえるほどの周防の観念は、みょうに、前期倭寇と一致する……あれだけのことをやられたのだ、報復は当然だ、と……
 空白の十二月(しわす)の翌年、秀吉は関白となる――朝廷という秩序を基軸にして大名を統制し、おのれが天皇の宰相として権を振るう……これまで、どのひょうすべもそこまではいたらなかった、王権に近侍する周防、野党ではない与党、双璧成す皇祖神の一方――
 蕃(まがき、垣根)、
 という防壁そのものに化したのだ。
 玉体をお守り奉らねばならぬ――さぶらふものは、あだやおろそかにはいたしませぬ! ひょうすべ王も、その誓いにそむきはしない……信長という天下人をうしなった秀吉は、あらたな主人をもとめ、ひょうすべの本質に立ち返ったのだ……
 となれば、唐に目を向けるべきかもしれない……そも、白村江この方、日本の想定する外的脅威は中国であり、それが現実になった悪夢が、元寇なのだ……
 唐入り自体が元寇の復讐ではないにせよ、唐入りという凶行にともなう良心の呵責を彼や将兵があまり感じていなかった、ということくらいは言えるかもしれない。
 
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