まつろわぬ民 節五拾三

文字数 1,115文字

 雨の、音がする――ひんやりと、湿り気がただよってくる。
 八幡司は、まだ、渡殿のそとを見遣っている――

 「ヤマトとわれらの協約――その輝かしき日々……恩義も、それに報いた日々も、その充実も、百も承知――」
 簀子に向き合った、道士の面が震える。
 「その上で、積年のなにかが、昔年(せきねん)から通じるなにごとかが、矛盾を一つとする暴挙を(うべな)わず……われらが、われらの有り様を捨て、ヤマトなり、国風に染むこと、断固として容れとうなく――それがいかに、らちなく益体のない(こだわ)りなのだとしても……この意固地を守りとうてせんかたもなく――(はら)の底に埋もれた鬼どもが、叫んで止まぬのです。〝われらは違う〟」
 われらは違う――異なっている!
 この叫び――この異邦人の声……異邦の主張。
 たとい、本邦の主潮がそれを許さぬにしても……

 ふたたび対峙することをおそれるほど、
 矛の切れ味鈍く、
 盾の厚み薄弱にのうたおぼえなどさらさらない――!

 道化師と暴君の決闘(デュエル・オブ・ザ・ジェスター・アンド・ザ・タイラント)――
 舞台裏で踊る道化師に過ぎぬにしても……
 ワイルドカードとしてふるまってみせる!
 (ワイルド)へ。
 もはや圧制と化した(ロイヤル)を出て――

 「この儀――この条、なんとしても譲れず、どうあろうと裏切れず……われらは、この一条に命運を賭しとうございます――まさか、天朝と干戈(かんか)を交える愚行は犯さねど、せめて、(ほこ)の気概失わず……」
 ギリ、と、歯噛みする――

 「京洛の功臣であるよりも、(ひな)の君子でありとうございます」

 日没する処の天子――その名乗り……
 東国(あづま)なり西国なり、依然、未開荒蕪の地は尽きせぬもの――人文、未明……闇の中にこそ……
 「暗闇より出でた牛は、なるほど、ふたたび暗闇へ消えましょう――ただ、中央の燭に華やぐ虚栄の闇にではなく……まったき、文明を知らぬ闇に」
 かの地に根づかせるのだ――
 土の中で芽吹く種子のように……それこそが、ひそやかで、なにものにもかえがたい――新天地(フロンティア)に向き合った、技術者の悦びなのだから。
 「われらは、兵主とともに鎮まりとうございます」
 地方の暗闇――平安も初期の初期のこの時代、京以外は、すべからく闇だ。
 闇に沈む――
 沈む、という字は、もともと、川神への供犠をあらわしているのだという――雨を乞うために川にしずめる、牛なのだという――

 (自ら)キリ、リ、八幡司から、歯軋りが漏れる――なんという風変わりな牛なのだ。
 おのれから、贄の暗闇へおもむくとは――
 そのことに、心浮き立つおのれがどこかにいる――それだって、事実なのだ。
 (救えぬ)まったく――
 われらはわれら――本邦に歴然たる、異彩以外のなにものでもない。
 国風の一色に染まる本邦にあって、なお、染むことを峻拒する異彩たれ……

 
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