ひょうすべの誓い 節七拾

文字数 654文字

 (死んだのか)秀吉の死をしらされたとき、輝元は、決して、衝撃を受けることはなかった。
 ただ、樹木の幹が()けるような、不穏な気配を、おのれの内にかんじただけだ。
 すでに彼は五大老に列し、豊臣秀頼のもと、豊臣政権を運営する立場にある……
 (家康)
 と、その名が過らないはずはなかった――日本国で、豊臣家の天下に並び立ち、これをおびかす存在感を持つのは、おなじ五大老の家康だけだ。
 (つらいな)と、見た。
 奥州独眼竜の目付として会州(会津)にはばかった蒲生氏郷は、わかくして没している――四国の虎元親(もといか)は愛息の死以来人変わりしたように人物が小さくなった。島津義弘は家康と親好があり、第一、あの抜け目のない島津家が次の天下人を見誤るとは思えない――
 ひょうすべたちも、ガタガタだ。
 おのれ以外は。
 ――と、そこまで思った時、卒然、冷たい衝動が衝き上げ、それがまなこからあふれたとき、どうしてだろう、打って変わって、灼熱を帯びていた。
 (ああ
 (おれは、あの男が好きだったんだ)子供のように声を放って泣きながら、輝元は、他人事のように、おのれの心情を顧みていた――
 天下があの男を好いていた――きらびやかな富と夢……ひょうすべとして成しうることのすべて!
 
 「猿めが~~~~~~~~~~~~」
 
 歯噛みした咬合力の隙間から漏れていく叫びは、むしろ、深手を負ったひとようだった。――夜が来る。ひょうすべどもが、ふたたび、日没する処へ帰る時が来る。
 どうでもいい!
 世界はこのとき、その輝きをいくぶんかうしなったのだ。
 
 
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