習合 節廿二
文字数 1,762文字
読経の声――仏陀の獅子吼 か雷音 か。ギャアギャア、鳥どもが騒ぐ。ヒラリヒラリと、猛禽の羽根が降る。鳥どもなのだ。この怪鳥は、猛禽の翼や頭 、爪を有している。にもかかわらず、それらは、人影でもある。人の姿と装いをした、妖鳥。天狗、狗賓 のたぐいである。神人 、荒法師、山伏、いかにも外道魔縁らしく、正道をうそぶく身なりをして。そして、それらの天狗どもが、なにか、巨大な櫓めいたものを、牽いている。神輿ではない。塔を思わせる華麗な台 をそなえた、それは……
(山車 )
山車だった。多宝塔の高みと壮麗。その台上に坐すのは、法衣僧帽の、覆子 (覆面)を身につけている高僧で、大数珠を揉み鳴らしながら、華厳経を唱えている。
樹光普照十方世界。 (樹の光があまねく十方世界を照らす)
種種現化施作佛事。 (仏の企図されるさまざまな現象や所為があらわれる)
不可盡極。普現大乘菩薩道教。(すべてを極めることはできない、普賢菩薩は教える)
佛神力故。常出一切衆妙之音。(仏神の力、常に妙なる音が一切から発せられる)……
(早良親王)霊感に響くその読経の声は、聞き覚えがあるものだった。早良親王。京城の鬼の元締めだ。
だが、なんという霊威……。太鼓の皮にバチが当たるように、黒雲の間で、白金の雷閃がはたためいている。稲光に、明に、暗に染め上げられながら、天狗の牽く山車の上で、看経 する。その詠唱とともに、風雨はさらに烈しさを増し、雷公が嗤い、風伯が踊る。水魔は亢進し、水位川岸を乗り越えるや、四方に汚物と波浪をまき散らす。
(あやつのしわざか)長岡遷都この方、その端緒となった暗殺事件の怨みを引きずって、新京に祟りつづけた悪霊だ。だが、こうもかくしゃくたる稜威 をしめすとは。
「小泉川を抑えよ。四大王を勧請するぞ」「は」と、図書寮の二人はやり取りする。スラリと白刃を抜き放つと、世道は、「高龗神 下られませ、闇龗神 上られませ」亢龍悔いあり、龍淵 に潜む。波浪のうねりが一時収まり、それでも、なお、収まりきらぬ怒りを蔵して、波が頭をもたげようとする。「闇罔象神 出 られませ」す、と、一時、川が静まる。雨風が、川面を乱すのみとなる。そして、汚物や泥濘が舞い上がり、攪拌され、排斥される。浄化されていく。
(やはり、悪所には、罔象女神 がええわい)世道は、神通力を働かせる。高龗神、闇龗神、闇罔象神。これら三柱は、軻遇突智神 を怒れる伊邪那岐命 が斬殺した際、その剣から滴った血から生まれたという。三柱とも、水神にして、龍神。武器の尖端からは、水より血がしたたるもの。だが、神の血からは、水神が生じるのだ。
三水神の通力が、小泉川の邪気を祓う。と、汚濁が拭われた水面に、黒い陰が差し、見る見る大きくなり、川面を破り、実体をあらわにする。鹿の角、駱駝の頭、鬼の目、蛇の首、鯉の鱗……龍、だ。それも、青葉のごとき瑞々しい碧 の、青龍。東方の守護神にして、風水では河川に祀られる聖獣が、小泉川から、昇天する。うねる躯体が、天狗どもの百鬼夜行を脅かす。その背後に佇立したのは、武具を身につけた鬼神、仏天。須弥山 の東方を掌握する、持国天 に相違ない。小泉川が青龍と持国天を迎え、東方に決した。百鬼夜行をはさんだ対面に、しなやかな長躯を踊らせ、白虎が、白虎の背後には、広目天(西方の守護者)が招来される。同様に、北方、玄武及び多聞天、南方、朱雀加えて増長天。
四獣と四天王が、天空にまで届く巨躯をそびやかし、天狗どもと山車とを、見下ろした。それぞれが武装した鬼神は、そのまま、魔除けの鬼瓦さながらの相貌で、百鬼夜行を威圧する。
如來妙藏無不遍至。 (如来はかたよりなくあらゆるものを蔵する)
無量衆寶莊嚴寶臺。 (無量の衆、荘厳の宝と宝台)
如來處此寶師子座。 (如来はここに獅子の玉座を置かれる)
於一切法成最正覺。 (一切の法において最高の正覚となられる)
了三世法平等智身。 (三世のおわりには法にひとしい玉体となられる)
普入一切世間之身。 (あまねく一切の権現から悟入される)
妙音遍至一切世界。 (妙音は一切世界にあまねくいたる)
不可窮盡。猶如虚空。(そのすべてを覆うことはできず、虚空のごとくあらせられる)
(
山車だった。多宝塔の高みと壮麗。その台上に坐すのは、法衣僧帽の、
樹光普照十方世界。 (樹の光があまねく十方世界を照らす)
種種現化施作佛事。 (仏の企図されるさまざまな現象や所為があらわれる)
不可盡極。普現大乘菩薩道教。(すべてを極めることはできない、普賢菩薩は教える)
佛神力故。常出一切衆妙之音。(仏神の力、常に妙なる音が一切から発せられる)……
(早良親王)霊感に響くその読経の声は、聞き覚えがあるものだった。早良親王。京城の鬼の元締めだ。
だが、なんという霊威……。太鼓の皮にバチが当たるように、黒雲の間で、白金の雷閃がはたためいている。稲光に、明に、暗に染め上げられながら、天狗の牽く山車の上で、
(あやつのしわざか)長岡遷都この方、その端緒となった暗殺事件の怨みを引きずって、新京に祟りつづけた悪霊だ。だが、こうもかくしゃくたる
「小泉川を抑えよ。四大王を勧請するぞ」「は」と、図書寮の二人はやり取りする。スラリと白刃を抜き放つと、世道は、「
(やはり、悪所には、
三水神の通力が、小泉川の邪気を祓う。と、汚濁が拭われた水面に、黒い陰が差し、見る見る大きくなり、川面を破り、実体をあらわにする。鹿の角、駱駝の頭、鬼の目、蛇の首、鯉の鱗……龍、だ。それも、青葉のごとき瑞々しい
四獣と四天王が、天空にまで届く巨躯をそびやかし、天狗どもと山車とを、見下ろした。それぞれが武装した鬼神は、そのまま、魔除けの鬼瓦さながらの相貌で、百鬼夜行を威圧する。
如來妙藏無不遍至。 (如来はかたよりなくあらゆるものを蔵する)
無量衆寶莊嚴寶臺。 (無量の衆、荘厳の宝と宝台)
如來處此寶師子座。 (如来はここに獅子の玉座を置かれる)
於一切法成最正覺。 (一切の法において最高の正覚となられる)
了三世法平等智身。 (三世のおわりには法にひとしい玉体となられる)
普入一切世間之身。 (あまねく一切の権現から悟入される)
妙音遍至一切世界。 (妙音は一切世界にあまねくいたる)
不可窮盡。猶如虚空。(そのすべてを覆うことはできず、虚空のごとくあらせられる)