まつろわぬ民 節廿三

文字数 971文字


 魍魎、という言葉は、なかなか実体を把握しづらい。一応、妖怪の一種別であり、小さな食屍鬼のような魔物だ。小児の背丈、肌は赤黒く、その目は赤く、耳は長く、髪は美しい……墓地や、墓穴の中に出没し、死者の脳をすする……
 だが、こんな、屍肉喰いの小鬼よりも、「魑魅魍魎」という言葉の方が一般的だ。魑魅は山の怪で、魍魎は川の精なのだという。合わせて、山川木石、ことごとくの精であり、魔霊……化け物全般だ。
 総称なのだ。
 最後に、罔両(もうりょう)、と、表記して、これは、影法師の周縁の部分を意味する。ものの影のふちには、ぼうっとしたにじみのような箇所がある。これが罔両である。その様態から、罔両とした、という風に形容動詞として用いられ、あやふやでたよりないもののことを言う。
 なにやら実体がつかめないが、作者は、魍魎という言葉に、本邦の「鬼」や「気(ケ)」と同じ性質を感じてしまう。鬼は、(おぬ)であり、隠れているもの、それに感じる霊異が原義だ。そこから、死者を指し、やがて角を生やした地獄の鬼を含めるようになった。なにやら姿の見えない物の気配を妖しいと感じ、それが化け物全体を指す言葉となり、死者の霊や仏教の獄卒を網羅するに至ったのだ。それどころか、「殺人鬼」や「債鬼」など、人間に対してもこの言葉を用いたりする。一応は具象を持つが、それ以上に総称だ。
 「気(ケ)」は、目に見えないものの不可思議な作用であり、気配、と言えば、実体が帯びる「目には見えないがなにかある」感覚となる。もののけ、は、妖怪全般を指す言葉だが、これは物の怪で、さらに言えば、物の()――物体が発する気配なのだ。
 罔両は、影であり、その周縁のぼんやりした部分で、見えにくいはしっこだ。多少敷衍して考えれば、
 死角、
 と、言える。
 見えそうで見えない部分――そこでなにが起こっているのか正確に把握できず、それだけに怪奇な想像力が働き、化け物全般が、魑魅魍魎が出没する。人気のない墓地、地下の墓穴――そういう、認識の外側で、死骸をかじる魔が育つ……
 見えないところでなにかが起こっている――なにかがいる。
 それが、妖魅変化の起源(オリジン)だ。鬼であり物の気で、魍魎だ――起源で、源流だから、それはさまざまな象形を結び、いつか、総称そのものとなる。
 わけのわからぬものは、実は、全体に少しずつ遍在する、根本なのだ。
 
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