まつろわぬ民 節二

文字数 647文字

 あの夜、慟哭し、悩乱する徐福を、刷雄も世道も、声一つかけられず、ただ見守ることしかできなかった。鬼が――(おぬ)になる。死者ですらない、歴史から忘れ去られたものに……
 ひょうすべが、まったく、既往を見失い、輪郭をなくした、わけのわからぬものに。
 その宿命と向き合った男は、剥落し、瓦解し、あらわになった空虚の限りから、絶叫を放った。老体が、叫びを形作れなくなっても、まだ、かすれた声に、悲痛で凄愴なものを響かせつづけていた。
 それさえ絶えると、蹌踉と、力なく――亡者のように、悪所のいずれかへ、消えた。
 かける言葉はなかった。してやれることなぞ皆無だった。徐福が向き合ったものは、それほどまでに、大きなものだった。人も、その矜持も、その連なりも――笑い飛ばす。
 笑殺する。
 蚩尤の名は、(あざわら)う、にも、通じるのに。
 人も、神もあったものか――その産霊(むすび)と睦み合いの、連綿たるあざないの果てに結んでしまった悪縁が……したたかで辛辣で、生贄を求めるなにかが、極悪な陥穽のように、彼らを葬ったのだ。
 「結ばれぬ」とでも、せせら笑うかのように――お前たちの営為も、尽力も、切望も。
 ……歴史も。
 どうして、かくも獰悪なスマイルが立ち現れる。
 なんで、かくも救われぬ様相が牙を剥く。
 

――そううそぶくなにものかが、伏在しているかのように!
あの老人は、そういうものと、向き合ってしまったのだ。人為の――懇請の限りが……しょせん、空約束に過ぎぬのだと謳うなにものかに。
 
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