まつろわぬ民 節五拾

文字数 449文字

 「口をつぐんであればよい」と、相変わらず、中庭を眺めながら、八幡司が言う……ただでさえ、八幡神は、しきりに託宣を下す、霊験あらたかな神だというのに――それと同じ音を持つ氏長者の言葉は、あたかも、運命が降す断定だ。
 「秦は――八秦(やわた)は、渡来人系の総意そのものぞ。われらはわれら、その限り」ぽつり、ぽつり、また、雨が降り始めた庭を見つめる、その目に、感情はうかがえるものの――感傷はない。
 (化け物め)人でなし、と、強い言葉さえ、胸中で使ってしまう。人でありながら――人がましくせぬ。この手合いには、よくよく、こんなことを言うものがいる。
 「ならば、わしらが(もだ)しておれば、そのまま、ことはなにごとものう推移しよう。浮沈の興亡の――だれかと比べるからこそ、背比べにも熱が入る。われらの限り、それ切りであるのなら、口をつぐんで、闇へと消え入る――」息をした音がした。なのに、その動作さえ見て取れぬ……
 「それは、退隠なのやも知れぬ」(心穏やかに――消え去ってあれと?)
 寂滅為楽(じゃくめついらく)――心安んじて逝け、と……?
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