習合 節廿三

文字数 1,505文字

 早良親王、いや、親王禅師が、大数珠を揉んで、読経する。華厳経が讃美する、法界縁起(ほっかいえんぎ)、無尽縁起。すべてが、すべてにたいして、無尽に因縁となり、縁起である。おのれはへんぺんたる塵に過ぎぬ、その塵が、外界のなにもかもを内包している……
 この摂理が(あら)わとなり、四獣四天王らの後背に、袈裟をまとった腕や肩、合掌した両手、覆子(ぶくす)におおわれ、先尖りの観音帽子(かんのんぼうし)をかぶった、目許以外を隠した面差し――それらが、四獣四天王よりもはるかに巨大に、世の(もう)を啓く如来さながらに、そそり立った。
 親王禅師。
 早良親王が、大数珠を蛇羅蛇羅(じゃらじゃら)と鳴らしながら、読経する。内界と言いつつ、そこには、外界の一切があり……。そして、内界は、やはり、親王禅師の胸の内に回帰する。もう、百鬼夜行を見下ろす四天王はいない。天狗どもの牽く山車の上で、無心に、親王禅師が読経する。
 (うう)
 と、魔風となって、百鬼夜行の鬼が、羽を散らし、刷雄と世道の傍らに、降りてくる。それぞれの狗賓(ぐひん)の六角棒を、どすん、と、頭頂(はち)に喰らう。たまらず、たたらを踏み、しりもちをつく。呪詛返しだ。天狗は、ギャーギャー、二人を嘲笑って、飛び去った。(ぐ、ぐ)頭の痛みがひどい。心理の上の衝撃もある。親王禅師が、その法力で、無尽縁起を顕現させ、かのものが、一切の縁起(オリジン)となったとき、世界そのものと同義の内面に、見出したのだ。
 牛頭六臂にして、四つ眼の魔神。
 兵主神蚩尤が、たしかに、早良親王の内に。
 影のように暗く、影のように控えて、影のように不可分一体に。
 そう言えば、兵主神社を訪ねているのに、あの、霊感に傲然と印象を灼き付ける霊異に、遭遇していない。
 (


 
 習合。神仏習合、という言葉がある通り、もともと異なる神霊が、同じものの二側面として祀られることだ。二つのものが、共通項を橋渡しに、ひとつになる。
 蚩尤は、そもそもが、体制の頂点であり開祖の黄帝と争った、反乱の神。早良新王は、無論のこと、桓武帝の実弟にして、奈良仏教の爪牙となった、反逆者。
 反乱(アップライジング)、という一項で、この二者は、どうしようもなく、同質だ。
 (お、おお)兵主神は、各地で、素戔嗚尊や八千矛神と習合している。新京にて、水神の側面をそなえ、さらに氏子の兵主部(ひょうすべ)とすら習合し、
 ついに、断固邀撃(ようげき)すべき新京最大の祟り神とすら、習合したのか。
 
 わけのわからないものになる。
 
 (おおお)徐福は、愕然として、疫魔と水害を振りまく、百鬼夜行を見上げている。ごう、と、強風と雨粒が押し寄せると、兵主神社の赤い(のぼり)が、一本、吹き飛んできて、あみだに立った。そこには、鼻面のつづまった牛頭、獣身、両手足と頭頂に武器を帯びた、「人面獣身」に映る蚩尤像が描かれている。はたはた、揺らめく蚩尤像。その、妙にひょうきんな立ち姿が、両目をギョロ、と、剥いた顔が、嗤っているように見えた。――同じものなのに、かけはなれている。
 ()っ、と、秦氏の脳裏が灼熱で染まる。「おのれは」徐福は、手にした杖を振り上げる。その口は絶え間なく祭文をつむぎ、それに応じて、杖先が指す叢雲(むらくも)が、渦巻き、不穏な音響を強めていく。
 杖を振り下ろすや、雷神(はたたがみ)が、天の戸板を蹴破り、飛び込んでくる。「九天応元雷声普化天尊(きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん)!」それは、道教世界の、雷神の威名。九天応元雷声普化天尊(ここのつのあまのこたえるいかずちごえのはじめあまねくしらしめすあまつみこと)
 暗天を白々灼く閃条が、一瞬で山車の上の親王禅師にまで、橋渡しされる。が、それだけだ。光が、魔霊を灼滅(しゃくめつ)させることもなければ、その威力をあかしだてる雷鳴がとどろくこともない。
  大火所焼時(たいかしょしょうじ) 我此土安穏(がしどあんのん) 天人常充満(てんにんじょうじゅうまん) 園林諸堂閣(おんりんしょどうかく) 種種宝荘厳(しゅじゅほうしょうごん) 宝樹多花果(ほうじゅたけか) 衆生諸遊楽(しゅじょうしょゆうがく) 諸天逆天鼓(しょてんぎゃくてんく)
カカッ。
 成就あれ(そわか)
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