魍魎の街 節五

文字数 1,410文字

 刷雄が四角祭の方相士に世道を、と、奏上すると、すぐにこれが容れられた。
 ふと、
 (横車かのう)
 と、思ってしまう。図書寮が、陰陽寮の職域に、人を送り込む。しかし、図書寮の官衙は、すでに仏具や書物の功徳、さらにおのれや世道の法力で、百鬼夜行だ。陰陽寮のごとく、霊異と縁がある。
 (つめこみすぎなのではないか)と、思わざるを得ない。
 なにが、ということでもないが、そもそも、この長岡京自体がだ。桓武帝のご英断は、当然、当を得ている――だが、いささか、急すぎる。そも、当今は、異色の玉体にあらせられる。それまでの血流とは異なる皇統にあらせられ、そのため、新進と革新の気概に富まれている。奈良仏教の容喙は(まつりごと)の通弊だったが、これを厭うために、平城京から、物理的に離れた長岡に遷都する、というのは、さすが、凡下には思い至らぬ御業だ。しかし、その気宇壮大な御業は、下品(げぽん)には受け容れがたく、長岡遷都は、常に慌ただしく、灰神楽が立つようにいそがしい。そして、下衆の浅ましさで、その混乱に乗じて、さまざまな思惑が行き交っている。
 すでに触れたとおり、新京造営の立役者藤原種継からして、暗殺された。そもそも、なぜ、山城国長岡の地かと言えば、この地が、藤原氏の勢力地であり、また、有力帰化人の秦氏の根拠地でもあるからだ。藤原氏と帰化人との思惑が、この地には入り組んでいる。
 こうした背景を反映しているかのように、長岡の市中は、どこか、混沌とし、雑然としている。色とりどりの糸のようにさまざまな勢力の企図が織り込まれ、つづれ織りのごとく、目にもあやながら、機微(あや)が錯綜している。
藤原種継暗殺事件には、遷都を喜ばない奈良仏教の影があるという。
 そして、なんと、桓武帝の皇太子、早良親王(さわらしんのう)も関係し、配流の罰を科され憤死している。 
 百鬼夜行としか言いようがない。
 かつて、天武天皇系を疲弊させるほどに、平城京における奈良仏教の介入がはなはだしかった。天平時代を象徴する奈良の京は、絶対的だった。それを一挙に覆す遷都のご英断には、どうしても、下衆の間で、激動と反動がともなうものだ。
 図書寮の人間が、陰陽師じみた活躍をする。それもまた、長岡の混乱のあらわれなのかもしれない。
 延暦六年卯月十日、四角祭。京城の四隅に祭壇をもうけて、結界と成す。
 (うしとら)(北東)に「鬼門」、
 (いぬい)(北西)に「天門」、
 (たつみ)(南東)に「地門」、
 (ひつじさる)(南西)に「人門」。
 「天地人」、加えて「鬼」。
 時間と空間、生と(めい)
刷雄は、坤の「人門」で、儀式に参加していた。四角祭は、日没後から夜間、日をまたいで行われる。そちらの方が、霊験が増す。
 結界を張る――境界線の方術なのだ。
 だから、残照が沈み行くなか、祭壇を築いて祝詞を捧げる。宵闇の中、祭壇の御幣がはたはた揺れる。夕という境界線。
 ぎし、
 キシィィィー。
 と、宇宙の門戸が軋み、開閉される音がする。霊感に響く音声(おんじょう)
 刷雄が、ふと、空を見れば、星々が和々(にぎにぎ)と、ひしめき、きらめいている。
 「天地人」に、見えない御柱が立つ。
 縦軸、横軸――そして、表裏。
 (たていと)(よこいと)、座標と(あや)
  をとこやまかみにぞぬさをたむけつるやほよろづよもきみがまにまに 
 地上より、精霊(しょうろう)が昇る。
 天上から、星が降る。
 産霊(むすび)
綻びかけていた糸と糸を、再び結ぶ。
 (美事(みごと)
 陰陽頭高橋御坂(たかはしのみさか)。王に連なるもの。
 天地阿吽。邈遠(ばくえん)から、このたもと。
木霊する。
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