まつろわぬ民 節百卅三

文字数 2,077文字

 みょうだ。
 どうも、武装している軍勢、の、ようだ。だが、その軍装束は、奈良朝のものとは――革や金を基調としている点こそにかよっているのだが、鎮守府や防人の軍団とは、よほど、よそおいを異としている……今、月明かりや、かれらの照明具によっててらしだされるそのすがたは……
 ((おお)
 (なんという――)
 異形の軍団だった……まず、先払いの兵士が、兜をかぶることなく、なにか、黒い、笠のようなものをかぶっている……ただ、その胴体を守る、鉄と皮革をあわせた防具は、うごきやすさを考慮されていて、奈良時代の軍隊がまとった「短甲(たんこう、みじかよろい)」よりは、よほど機能的な印象だった。きちんと、札(さね、日本の甲冑を構成する金属や皮革の小片)をつらねてつくった草摺(くさずり、鎧のスカート部分)を装着している。籠手や脛巾までつかって全身に装甲をほどこしている点、よほど尖鋭に「戦闘」「合戦」というものを意識しているようだった。
 白村江以来、唐の侵襲、という不安はあった。しかし、国内のたたかいは比較的小規模だった日本の軍隊らしくない――みているものを不安にするくらい、戦闘(コンバット)の姿勢がうちだされている……
 かれらの槍は、なにか、祭事を連想させるくらい、異様なながさで林立していた。それらの先端に、よく研がれた穂先がついている――軍陣を組んで、突撃してくる敵をむかえうつ……刺突の動作(モーション)までめにみえるようで、実戦を眼目としたありかたが、延暦人を震撼させた……
 あれは、槍の一種だろうか……? 太刀のごとき長い刀身と、片刃をそなえた、しかし、短い槍のような柄を持つ武器がある。
 戦場に、大槌や杵まで携行するのか? まさかりといい、なんとも獰猛な……
 雑兵の中には、笠をかぶっているのではなく、烏帽子を着用しているものもいる――ただ、丈のない、みょうに平べったいシルエットの奇妙なかぶりものだった。それをかぶっている人間の削ぎ立ったようなかおつきからすれば、どうも、よほど下位の武官であるようにおもわれる。
 それにしても、肩や上腕をおおう、(シールド)のような装甲板まで、札をつづり合わせ、うすくてうごきやすい部品にしている……あきれるほど手間をかけ、人力を基調としている時代では「文明」をかんじさせる鎧だった。
 (日の本の軍団ではあらなんだか……?)
 そんなおもいがますますつよまった。騎馬の将校の「あ」と、こえを発してしまうほど、絢爛な「(あか)」……その色彩感覚は、むしろ、隋唐の軍勢にたとえをさがしたくなる。いろあざやかに着色された札がつらねられている。華麗なグラデーションの装甲が、全身を覆っていた。あくまで軽装で、徒手格闘をするように設計されている歩行(かち)のものとはちがう。将校の鎧は、絢爛で装飾性がたかく、体の線に添うよりも、やや着ぶくれている。それだけ、あいてを威喝する効果がある……しかし、すさまじいよそおいだ……。隋唐の甲冑は、そのまま、十二神将や四天王の武装に採用された。それに通底するこの将校級の鎧は、まとうものを鬼神のごとくいかめしく畏るべきものに映す。着用者もそれを意識しているのか、ヒゲや牙をそなえる鬼面を着用していた。目もとからするどい眼光のこぼれるさまは、人外のもののようにおもえてしかたがない――
 (と
 (異国(とつくに)……?)
 唐の衰退は安史の乱(安禄山の反乱)をへて、かくれないものとなった。防人にさかれる兵力は年々削減されている。この長岡京を、けねんされていた外国の軍団によって征服されてしまったのではないか……? そんな危惧がふとこころにきざす……
 しかし、なんという兜だろう……騎馬の将校がかぶっているのは、草摺のように札をつらね可動範囲を確保した装甲板に首回りをおおわせ、頂部に鉢のような金属をのせているものだ――札と札は糸によって(おど)されているため、いっけん、織物のように糸目を意識させる、鎧兜と言うより着物の延長のような彩色や構造美がそなわっている――あいかわらずの手間と職人仕事……それが可能なだけの資産と技術力に驚嘆する。兜全体にほどこされている、まさに唐様、四天王像のごとき迫力と威喝には、日本ばなれした感性の躍動をかんじてしまう……いったいぜんたい、なんなのだ? 頭部には金色のちいさな龍がうずくまり、対面するものをにらみつけている……額のあたりをおおい、兜の左右につきだし、そそりたち、かがやきをまき散らし、おのれを誇示してやまないプレートは……人の顔がうつるのでは、というくらいに磨き上げられている。やはり、実用よりもアピールが目的の部品なのだろう――頭頂あたりからその額飾りまで、金色が多用されている。巫女の天冠(てんがん、神事や舞踊の際にかぶる冠)を連想させた……なによりも不可思議なのは、兜の左右に展開している、厨子(ずし、仏像を安置する箱)の観音開きのような、それでいて、草子(そうし、本)の見開きのように、曲面をはりだしている装甲板だった。……あれは、どういう防御効果を期待して、あれだけ大きな「耳」をそなえさせているのだろう……?
 
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