まつろわぬ民 節百五拾七

文字数 823文字

 そこにたたえられた秦のありかたに、幾世紀もつかってきたのだ……それはミームも根づこうものだ……
 秦氏が、長年涵養してきた、
 たとえば、百姓(ひゃくせい)のこころ……百姓、あまたの素姓、姓名……農民も職人も漁夫も商人も杣人(そまびと)も……神別の氏素性であれ、蕃別の帰化人であれ、名無しの馬の骨、馬頭の鬼であれ、しったことか!
 そういうものは、みな、ひとくくりで、ひとつのわくなのだ……素姓など、かりそめのものであり、全体は「百姓」でしかない……
 それは、中華の古豪「秦」の旗につどった、正体不明の技術者集団のように……
 朝鮮は、現代こそ、儒教の感覚で氏素性にひじょうにやかましいが、それが根づく前の古朝鮮は、ようするに、日本とじつづきの感覚だ――乱世になると、武士たちはナニナニの守と位階を僭称し、ナニナニ氏の末裔やら、源平藤橘を持ち出して、じつに勝手に氏素性を捏造する。まあ、あのくらいおおらかな感覚が、古代の朝鮮にもあったのだろう――
 われらは秦帝国の末裔でございます、と、しれっと言い出すあたり、戦国武者の先駆である――織田信長は平氏をなのり、木下藤吉郎は藤原氏で、柴田勝家は源氏の支流らしい、いやはや、うえにたつ歴々は名族ぞろいだ――
 一面、歴史のユーモアでもある。「王侯将相(しょうそう)いずくんぞ種あらんや」とさけんだのは、秦帝国を打倒すべくたちあがったおとこだ。
 百姓、なのだ――ことに、藤原氏が栄達し、宮中の上位と顕職をしめるようになると、そのほかの貴族は昇殿できない身分にまでおとしめられる……現代、令和の世では、皇族以外に畏敬の対象となる貴種がどれだけあることか……
 国中(こくちゅう)一階級――ほんとうに尊貴な堂上をのぞき、ただ百姓(ひゃくせい)のあるのみ……この平等気分をおしひろげたのは、みずからが素姓もしれぬ異端でありながら、正統に列することをこばみつづけたものたちの殊勲だろう――素姓にたいするこだわりがないからこそ、世が乱れれば、そのときどきで自分に都合のいい姓を称する…… 
 
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