ひょうすべの誓い 節卅三

文字数 1,612文字

 (あっ)
 この両者の婚姻をもとめる毛利からの書状を受け取ったとき、、秀吉は、卒然ときづいた。
 「安芸副将軍(あきのふくしょうぐん、室町幕府副将軍、輝元のこと)
 「よもや!?」
 そうだ――副将軍。
 あの中国十カ国の覇王は、流浪の将軍を引き受け、その全幅の信頼をうけて、「副将軍」という重職をさずかった……右府信長は、義昭ずれの股肱になりさがるのは迷惑至極と辞退した役職だ。
 それをひきうけた――
 室町幕府という、まぎれもなくかたむきつつある権威を……中国王の威信を賭けて。
 そういう男ではないか……
 
 そういう――

ではないか……
 
 輝元は、おのれの娘を、秀吉の息子秀勝の妻にしてもらいたい、と、申し入れている……
 
 秀吉は、信長の四男を養子として、秀勝となづけた。
 養子なのだ。
 信長存命時なら、それこそ、あととりがこの秀勝になるわけで、「猿めをいかに遇しても織田家のものになる」と、織田信長を安心させる根拠となった。だが、いまや秀吉は天下人を目指しており、そうなった暁には、秀吉の子を――それがかなわなくとも、せめて、血縁の子を、後継者にする――それはあたりまえのことだ。
 その秀勝へ、娘をやりたいという――
 
 しかも、その娘は、

……輝元の養女にし、毛利氏という体裁こそとっているが、それは、家臣内藤元種の娘……
 内藤氏だ……
 
 (ば、ばかな)
 
 空白の十二月(しわす)――この婚姻は、なんなのだ……養子と養女……義母とか、義手とか、義理とか、義、という字には、「ほんものではない」という意味がある……そして、義理には誠実さをもとめられるように、ほんものではないからこそ、誠実に、切実に、それとむきあわねばならないという苛烈さを暗示させている……
 
 この結婚も、そうなのではないか――?
 
 というのは、羽柴秀勝の母親は、
 蒲生氏郷の正室を生んでいる……つまり、秀勝は、氏郷の義理の兄弟なのだ!
 
 (な、な、な)
 
 なんなのだ、この婚姻は……織田家、という、もはや形骸化した覇王の家を

にして、
 秦氏と、(佐波多秀吉)
 秦氏と、(毛利輝元)
 秦氏と、(内藤元種)
 秦氏が、(蒲生氏郷)
 
 むすびついている……!
 
 (そういうことなのか――安芸副将軍!)
 おまえは――おぬしは――
 
 ひょうすべなのだな!
 
 だれよりも、ひょうすべであることに徹しようというのか……!
 
 この馬の骨が馬頭の鬼に化けている世間にあって――おぬしがまっとうせんとするのは、その「節」なのだな!?
 「みごとだ」
 秀吉は仰天した。
 
 こういうおとこがいたのか……
 
 望めば、おのれが天下人の名乗りを上げることなど――いともたやすいこと……赤子の手をひねるように……この秀吉を亡ぼすように!
 (そういうことじゃない)と……
 日没する処――中国の覇王たることを、おぬしは望んだのか……
 
 (秦氏だ)
 秀吉は、うなだれ、額を押さえた。
 こういうやつらが、秦氏だったのではなかったのか……!
 
 それが、天下の伏流……
 あらたな天下のしたで、またも、ひょうすべどもは闇の中結託すべきだと……
 (わかった)
 借りがある――返せない!
 
 こんな男と同時代に生きられるというのは、このうえない借りではないか……!
 
 「意は汲んだ」
 
 秀勝と輝元娘との婚礼は、十二月二十六日、つつがなくおこなわれた……
 いや、つつがなくは、さすがに語弊がある。秀勝は、それから一年もしないうちに、息を引き取っている。小牧・長久手の戦いの最中から体調が悪化していて、このころには、もうずいぶんわるくなっていたのだろう。
 その面から見ても、秀勝が、秀吉の後継者になる目はない――
 この婚礼を契機として……形骸となった織田家をイケニエにして……
 
 東西の秦氏は、同盟したのだ。
 
 この結婚は、そのためのものだった――毛利氏と羽柴氏ではなく、秦氏と秦氏と秦氏と秦氏の。
 

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