まつろわぬ民 節九拾二

文字数 1,747文字

 これをもって、全国の軍隊は解散され、一部の辺境地帯のみに配されることとなる――
 あるいみ、平安時代の象徴ともいうべき兵制だ――常備軍をもたない……それによって、兵役にかりだされていた百姓の負担が減る。
 それにしても思い切ったやり方だと思うが、これには、大陸情勢の変化も関係している。安史(あんし)の乱を経て唐朝は衰退した。これをもって、白村江(はくすきのえ)以来の潜在的不安だった、大陸からの侵略を想定する必要がなくなった。万葉集には、防人に徴兵され、故郷(うぶすな)をはなれねばならないものたちのなげきがうたわれている――白村江と言えば、六六三年のことで、百年ものあいだ、大陸からの逆襲をおそれ、九州にすくなからぬ兵力を集中させていたあたり、よろず海外の情勢がおおきくひびく、島国のおかしみとかなしみをかんじてしまう。こうした徴用された兵力が余剰となり、事実上、国司や軍団長の私物になってしまうと、この弊を排するため常備軍の解散という思い切った手段が講じられた。
 結果、村々の壮丁や貴族の子弟といった「健児(こんでい)」が兵士として訓練を受けることとなり、これが、平安中期ごろまで軍事力になる……その総数、全国五十一ヶ国に、三一五五人――
 
 


 
 検非違使(けびいし)という警察力は別個にあるものの、常備軍の不在は、地方の治安を悪化させる――盗賊どもが横行し、京洛の平安、(ひな)の混乱が常態となる。
 
 この状況に、なんとかやりくりをつけてしまったのが、平安時代のおもしろさだ――
 
 常備軍不在である以上、警察力を超えた不法をとりしまるのは、個々人やその私兵だ。
 ――自衛しなくてはならない。
 貴族の荘園をまもるため、農民たちがかりだされ、そのなかでも有力なものは装備を自弁し武装する……
 庄司(しょうじ)や国司にそばづかえする、(さぶら)ふものたちになる――
 
 

になる……
 
 こうして、時代は、また、転換点を超える……武士の発生……こうやって生まれたサムライが、なんとか、家といえるだけのものをおこして武家となる――中央から、貴種やその末流をいだだいて、一所懸命、かぼそくおのれらの土地所有権を主張する――細流にすぎないものなれど、やがて、時代を押し流す怒濤となる奔流だ……
 このうごきが拡大した結果が、清和源氏をいただく坂東武者の集団――鎌倉幕府だ。
 
 健児の制がもたらした、武力の空白状態――それが、地方で武力を涵養した。
 武士を生んだ。
 
 桓武帝の偉業にあらせられる……
 
 この方は、いつもそうなのだ――大計画の根幹にほころびがあるのだが、それをとりつくろっているうちに、いつの間にか、青写真とはまったくべつの、なにやら、ひどくおおきなものができてくる……
 千年京(ミレニアム)基礎(もとい)をきずかれている……
 どはずれて遊ばされている――
 
 船頭多くして船山に上る――桓武天皇の大計画を実現すべく、しもじもがきゅうきゅうとしていると、いつしか、船は、まったく思いがけぬ場所へ、たどりついてしまう――
 
 不二(ふじ)のいただきにでも……
 
 健児の制――それによって頭を上げ、力をたくわえていった武家階級が、平安時代をくつがえすこととなる……
 貴種から、庶民へ――
 われわれの時代が来る。
 ハレールヤ!
 
 そして、桓武帝は、このうえ、さらに、新時代の呼び水をもたらしあそばされている……ほかならぬ、その系譜から、武家を二分する大棟梁が出るのだ。
 
 

――
 
 この大名(ビッグネーム)が、清和源氏と覇を競いながら、やがて、平安時代を呑み込む最終戦争(ハルマゲドン)をひきおこした……平相国(しょうこく)清盛が、朝と公寄りの武家政権を確立し、これを追うかたちで来襲する木曽が、頼朝が、源氏が、ついに壇ノ浦で平家を滅亡させ、さむらい本位の武家政権を――鎌倉幕府を成立させる……
 
 下克上――ここにきわまれり。
 下克上――これがはじめなり。
 
 さぶらふものたちが――貴人に侍する用心棒にすぎぬものたちが、主人を追って、日の本のあるじになりかわる……!
 その鎌倉幕府も、源姓のものが将軍であるかぎりは、ようするに、清和源氏、皇統の末席が政権をになっているわけで、まだ、

がつく。
 朝の面目がたつ――
 ここからさき、承久の乱にいたるまでの経緯が、もう、目もあてられない。またも話がそれてしまうが、どうぞおつあいねがいたい。
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