ぬえ鳥の夜 節五
文字数 408文字
図書少允菅原世道の家では、御簾が跳ね上がり、バサバサと落ちる。鴨居から敷居をところせましと埋めつくした、獣毛、にこ毛。あさまし、皺と牙を引き剥いた猿の面が、建具をはね除け、それ以上に巨大な貌で、寝間の世道に齧り付かんとする。
「呪詛か!? いずれが」妖怪の猿面が、今にも、建具の枠と、家の結界を突破し、おのれに迫ろうとしている。世道は、襖を開け放ち、別の部屋から脱出をはかる。が、その先の縁にも、悪夢のように先回りした猿面が、鴨居と敷居をめしめしと圧迫し、赤茶の双眸をらんらん輝かせている。回り込む呪詛の回廊。
「阿呆」世道が笑う。「西廂(西棟)ぞ」
西。
申より酉へ。
午未申酉、と、申と酉は隣り合う干支だ。
申のほうから酉に移動してくれるのなら、そのまま鳥となればいい。
世道が通力を発揮すると、鋭い、天啓のごとき雉の声が上がる。猿の面が消えた。羽根音。
ひぃぃー、ひぃいー。
ぬえ鳥が飛んだのかも知れない。
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