ぬえ鳥の夜 節九

文字数 729文字

 「くくく」徐福がうつむく。その杖の石突きが、地面を離れる。夜空を指した。「本当に、蛇が出るか鬼が出るか」彼が杖で指す先には、一団の鬼火が燃えている。ゆらめき、おぼろで、(かす)かな――だが、瞭然と憎しみを燃やすものども。
 「見よ。鬼が出たぞ」(く)派手に呪詛を競ったから、悪念にひかれたのか。
 悪霊どもが、つどいつつあった。鬼火に照らされ、牛頭馬頭の担ぐ神輿の上にいるのは、(ほう)をまとった貴人。
 貴人どころではない。王だ。
 早良親王(さわらしんのう)
 桓武天皇の実弟、藤原種継暗殺事件の首魁とされ、捕らえられ、食を断って死んだ。
 「呪われてあれ、王います京。皇徳の下にある都城よ」わななき、手にする蝙蝠扇(かわほりおおぎ)をつかみ、引き千切っていく。蝙蝠扇が、本物の蝙蝠に変わって、ちーちー悲鳴を上げ、皮膜や脆弱な骨格が、鬼の手でばりばりと引き毟られる。「予のものであった。この望下のことごとくが、予を祝福する京だった。いいや、予ならば、なんで平城の京を離れよう。あれこそが、至福。仏恩と功徳、三宝の尊きをいただいた、聖都であったろうに」ばらり、夜空から、残骸と化した、蝙蝠を放る。ばらばらになった死骸が、宙空で燐火を発し、煙を上げる。
 (むうう)「魔王尊のお出ましぞ」徐福がうそぶく。「鳴り物入りじゃ。(ひじり)にはちとやかましい。仙道は、山へ帰るわい」「魑魅(すだま)魍魎(みずは)にあふれた、のう」「おおよ。さらばじゃ、魑魅魍魎の巷」徐福の道服が、煙を発し、燃え始める。めらめら、焔が上がり、道士は、火柱と化す。そして、消える。煙と、意気地なく燃える小さな炎のみ。遺骸も遺灰もない。(火遁)
 「あれで、良かったのかな」神祇伯が言う。「喫緊の課題が迫りつつあります」高橋御坂は、空を、早良親王の百鬼夜行を見上げている。
 
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