軍囃子 節四

文字数 904文字


 悪所に近づくにつれ、変化が如実に現れてきた。木工、工匠の類いが目立ち、荷を運ぶ男たち、廻船が、道路を、水路を行く。木工寮(もくりょう)の官人も目立つ。(なんと、賑々しい)と、あっけにとられてしまう。ずいぶんな大盤振る舞いだ。長岡京造営で出費のかさんだ国庫が、これだけの支出を許したのか。(主上(おかみ)は、かくも兵主神とやらの勧請に、力を入れられておられるのか)
 ざわ、と、総毛立つ。霊能が、雷雲のごとき大きなものの気配を察知している。相変わらず、しとしと、細雨が降っているが、それではない。はるかに剣呑な、そそり立つ偉容(ファサード)――その予兆(サジェスチョン)
 (なんだ)
 そして、徴候(サイン)が、克明に一線を超え、霊異が目の前に現出する。三輪山か、霊鷲山か。渦巻き、螺旋を描き、天地をつなげる御柱。三面六臂なら、これは、修羅か鬼神だろう。だが、毘盧遮那(びるしゃな)仏のように巨大な腕を掲げ、広げ、断崖よろしくそそり立つ巨躯は、瓔珞(ようらく)で飾られた上で、白目と黒目が凄絶にせめぎ合う四つ眼を備える牛頭(ごず)をいただいている。牛頭六臂(ごずろっぴ)の魔神……もし、刷雄が、後世の神魔小説を読んでいれば、牛魔王、とでも呼びたくなったかもしれない。明王の憤怒、神の野趣、妖怪の怪奇、加えるに、精霊の烈しさか。(あらたま)、というものがある。玉は、言うまでもなく、中華文明が最高の価値を置いた貴石だが、璞は、未加工の、掘り出したままの玉のことだ。その内側に、翡翠のきらめきを蔵した、最高級の、原石。
 長岡の町にそそり立つ牛頭六臂には、あらたまの凄愴と凄艶がある。王侯の魂が、蛮性と野性に猛々しく閉ざされて。璞のごとき尊貴の、荒魂(あらみたま)。二人は、立ち尽くして、この魔神を見上げていた。湾曲した長大な角が、岬のように突き出している。
 (この、ばけものは)本邦のものではない。明らかに異なる文明と感性が描き出した、超自然のありようだ。唐天竺の……。一度、獅子吼、大喝を放てば、人の世の泡沫(うたかた)と、夢見が、ぱちんと消えてしまいそうだ。それだけの魁偉な風貌が、沈毅、どころか、沈静した、完全な静物として、成っている。(ううう)この静寂が、恐ろしい。どれだけの憤怒と矯激さを宿しているのか、一度動静が転じれば、なにが起こるのか。
 (く、く)
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