魍魎の街 節十三
文字数 1,689文字
「!?」
二人は
赤い道服をまとった、老爺……方士(道士)だ。どことなくだが、異相。面長で、目尻や鼻先が、少し垂れている。
「じじい」刷雄が、声を荒らげた。
仙道は、顔をしかめ、刷雄を見る。「ぬし様に罵られたくはないのう。道服を見よ。道者を敬わぬか」
「言葉を忌む神聖な力場を、たった今、ぬしが
「なんのつもりじゃ。わしらの法儀をだいなしにしよる験力があるのなら、おのれのしでかしたことが分からでもなかろう」
「
たったそれだけのことで、この、洒脱ですらある老爺の顔がどれだけ分厚い「奸悪」をのぞかせることか。
「無為自然。悪にして汚にして臭ならば、穢らわしきままに」
「皇城ぞ」
「地鎮か」方士が、口ひげをいじくる。「成る程、宮城なれば、ふさわしきあり方というものもあろう。王道楽土」
「横道を入れてくれるなよ」
「ふむ。しかし、王います都城には、今ひとつ、あり方があろう」
「む?」
「金城湯池」
ニタリと笑う。変色した歯が垣間見える。方士の杖が動き、その杖先が、小泉川を指す。
「この汚濁紛々たる流れをして、王将を守るに足る、
「なぜじゃろう」刷雄が、目を細める。「ぬしが、そのように言うと、血の池地獄が生まれるように思える」
「地獄は常に
こりもせずうき世のやみにまどふかな身を思はぬは心なりけり
「わしと、ぬしらの目論見が争うておる。かるがゆえ、競いて、地獄が生まれる」
「亡者なれば、湯地の煮え湯に浸かるより、楽土の清水に浴したいもの」
「分相応というものもある」老爺が言う。「手を引け。さらば、あとは、わしらが請け負おう」
(わしら)なにが動いているというのだ。たかだか、悪所の下水問題に。(功罪よな。これも、長岡の矍鑠たる混沌)こんな、汚いよりはきれいな方がいいという程度の問題ですら、正道を拒む、
伏魔の窟。
ならば、この方士は、その
「降って沸いた話で、おぬしは、女神を冒した天魔のごとく見える」
「清濁を語るな。この悪臭汚穢の巷で」
「だが、人里よ。人外魔境にはしとうない」
「ほうか」
方士が、ややうつむく。その大儀そうにかぶさっていたまぶたが、かすかに持ち上がる。
そこからのぞいた、双眸。
どう、というわけではない――だが、
「王城を金城湯池にせんとする百年の計を、魔の所業呼ばわりされてはせんかたなし」
「被害者面せんでくれんか、横入りした加害者よ」
「この上は、術師らしく、競おうではないか」
「応とも」と、世道が前に出た。大男の手には、抜き身が握られたままだ。
「刃物はごめんじゃ」方士が言うと、また、ぴしゃりと水面を杖で叩く。
どおおん、と、汚濁の水面が、一丈を超える派手な水柱を立てて、濁り水の
「うおお」びしゃびしゃと、汚水が降り注ぎ、世道と刷雄がたたらを踏む。と、夢か幻か、再び、川辺に目をやれば、そこに方士はいない。
(
「してやられた、のう」「無念」「術師は、雲か煙よ。なにを蔵しているか知れたものではないし、いたずらに刀槍でひしごうとしても、散るばかり」かぶりを振る。「おぬしも、法の花にも雲にもなれる技を教えておる。あれらとは、戦うな。競え」「は」世道が頭を垂れる。
(それにしても)
不気味なことだ。別段、怪しいとも思えぬやぶを突いたら、怪蛇が姿を現した。
(うわばみかも知れぬ)せいぜい、呑まれぬように気をつけよう。
それにしても、この悪臭の街へ足を運んで。あのうわばみは、どんな美酒の香を嗅ぎつけたのだろう。