まつろわぬ民 節百四拾六

文字数 1,154文字


 右のとおり、武士というのは、土にまみれる肉体労働とその成果という現実からうまれている……後世、武士が貧窮した場合、田畑を耕し農民となるのははじとされず、商売に手を出すことはゆるされない風潮が一般的だった。もともと、百姓から出てきたものが、百姓とおなじことをしてもとがめられないのだ。
 
 武家階級と、じっさいに田畑をたがやす百姓とが、為政者と領民、というぐあいにわかたれても、その出自と一体性は、ふしぎなことにのちのちまで伝播している……だからこそ、平安、武士の勃興期をなぞるように、まったくおなじ過程で、戦国時代、惣村から地侍が発生しているのだろう――
 
 つたわるものはある――
 
 だから、きっと、秦氏の存在感も、暗黙のなか、闇のなかの領袖として、つたえられてきたのだろう――口にはださずとも、秦は、八幡の氏子なのだ。聖なる一族であり、鉄器と土木技術をもって、開拓の戦線に多大なこうけんをしたフロンティアの古豪なのだと……
 
 そして、ゆうもうかかんな郎党が、武術をみがいた農兵が、庄司なり国司なり、自分たちより目上の、土地の管理人たちの私兵となり、そばちかくひかえる護衛に――
 (さぶら)ふものに――
 さむらい、という、現代に至るまで、とくべつな感慨を抱かせる呼称をえるようになる……
 まさか、この代官のボディガード、地生えの用心棒程度の連中が、後世のまつりごとと道徳観念をになう存在にまでのぼりつめるとは……
 下克上、峻烈なり――
 
 鉄の時代、かくも苛烈か……!
 
 ギリシア神話にいわく、人界は、かつて神々とともにある黄金時代をすごし、ゼウスがクロノスにとってかわり白銀の時代がはじまる――白銀の時代のひとびとは、ゼウスによって絶やされ、祭祀を重んじる青銅の時代が幕を開ける――英雄時代……われわれの時代はさらにくだり、品下がりし、貴金属が卑金属に劣化し……
 
 鉄の時代(アイアンサイド)である――
 
 人は堕落し、世のあらそいはたえることなし……
 「鉄」という金属に対して人類がいだくイメージは、どうも、通底しているらしい――火星、マーズは、赤く輝く星であり、戦争を連想させ軍神マーズの名をあたえられていた。アラビアの錬金術はせいぜい十二世紀よりむかしのもののはずだが、火星は「鉄」を象徴する惑星とされていた――
 
 なぜわかったのだろう――?
 
 火星の赤は、鉄分が酸化した結果である……火星は鉄の星、鉄器の盛栄と、鉄剣の酸鼻をもたらした、軍神の星である――
 
 鉄――
 
 現代は、鉄の時代なのだ。
 戦前、戦後まで、「鉄鋼」こそが、国を興すいしずえだとさけんでいたではないか――
 
 鉄、鉄、鉄――
 
 草薙剣は、鉄剣なのだという――八岐大蛇(やまたのおろち)の亡骸から、それを打った十握剣(とつかのつるぎ)を欠けさせ、この剣が発見されたとき――
 文明史は刷新されたのだ!
 
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