まつろわぬ民 節十七

文字数 1,282文字


 閑話休題。
 ひょうすべたちが、兵主神社に集まってくる。
  夏草や(つはもの)どもが夢の跡
 というところか。
 別段、秦氏は、武人や軍人を出したわけではない――だが、「武」というものの本質は、それなのだろう。最前線で血煙に巻かれるのは、無論、兵士たち……だが、それ以上に、軍隊や武力を構成する要素は、一国の合理主義や技術力に他ならない。製鉄の技術が武器や防具を向上させる、土木建築は道路や城砦を造る術となる、工芸の技術は戦車や馬具を生み出すのに役立ち、農業さえそもそも多くの人口を養いそれだけ兵員を供出する基盤となろう。
 武は、その本質は、武術以上に、技術なのだ。
 それを物語るかのように、最古の武神・蚩尤の膝元に集まりつつある兵主部は、農夫であり、工匠であり、商人であり、官人だった。さまざまな身分のものたちが、赤い瓦と旌旗で装われた、兵主神社に結集する。
 (罔象女神(みずはのめのかみ)を)と、集まりつつあるひょうすべたちを見ていると、刷雄はかすかにかぶりを振ってしまう。
 とても信じられない――そこここに、秦氏の、あの特徴的な風貌のある、どこか、大陸の風が感じられる集団だ。
 彼らが、日本古来の水の女神を、勧請しようとしている……
 ただ、それこそが、もしかすると、秦氏の、ひょうすべの本質なのかもしれない。異邦から本邦へやって来た、依然として国風に染まぬ異風。
 至極柔軟ながら、芯の部分に不可侵の暗部を抱える、傲然たる異端。
 わけのわからぬ……よそものだ。
 だからこそ、本邦の歴史に於いて、彼らはあれほどに朝や権門にみつぎ、献身的な態度をとりつづけていたのかもしれない。
 異端でありつづけるために。
 決して染まぬ、その距離感を保持する――言わば、自儘の代償として、累代、中央への奉仕を怠らなかったのだろう。
 高くつく――それを、安いものだと(かえり)みぬほど、譲れぬ一条がある。
 やはり、頑固者だ。風向きにも流れにもなびかぬまま――いずれを向いているのかもわからぬ不撓の民(ドーントレス)
 それも、通じぬ時代になりつつあるが――だからこそ、角を取ろうとして……角を矯めて牛を殺す、悲劇に立ち至ったわけだが……
 それでも、この上、さらに、罔象女神を合祀する儀に踏み出そうとしている。――習合、ならぬ、迎合……一度、流れ始めたからには、止まらない……
 智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ、兎角に人の世は住みにくい……
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りょうどなりにちらちらするただの人である……
 (人よ)ふと、憂鬱にもなる。(わしらは、ただの人なのじゃ)
 なればこそ、この人の世に呑まれることとなる――溺れる……
 上代より傲然として野に君臨した秦氏も、濁濁たる時流に――国風の成立に、埋もれ、流され、溺れることとなるのだろうか……
 (やむを得ぬ)そう思いつつ。
 国風(わがくにぶり)に一筋通った、この漢風……
 (あや)は。
 漢たちは……
 真紅の道服をまとった徐福が、細い雨を垂らす空を見上げる。「ほどなく、日も暮れよう」目を細める。「しばし待て――神明の渡らせ給う刻限は、()ぞ」
 
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