第15話
文字数 3,573文字
文句を零したくなりそうになるのを堪え、ロッティは商品を見て回るが、内心焦っていた。そのせいで、どれも二人への手土産としては相応しくない物に見えてしまう。
そんなとき、ふと肩を叩かれる。何事かと振り返ると、シャルロッテがいつもの笑みを浮かべて花柄のキーホルダーのようなものを手に持って揺らしていた。
「じゃーん。これ、プレゼントにどうよ」
「これって……というか、これなんなんですか?」
「良いから良いから。ほら、手を出して」
シャルロッテは強引にロッティの手を取ると、その手の平にその花柄のキーホルダーを丁寧に乗せた。恐る恐るロッティがシャルロッテの顔を窺うと、シャルロッテはにこりと笑みを絶やさずに頷いた。苦手な人ではあるが、その厚意に甘えてそれを受け取ることにしたロッティは、改めてそのキーホルダーのような物を見た。わずかに紫がかった赤色の花びらが綺麗に透き通っていたが、ロッティはこの花の形はどこかで見た記憶があった。
「あ、ありがとう……ございます」
「なんの、良いってことよ。さ、あともう一つね。君がぐずぐずしてたらまた私が見繕っちゃうよー」
シャルロッテはロッティに背を向けて店の中を回り始めた。その背中をぼうっと見つめながら、ロッティはその背中から目を離さないようにしながら引き続き商品を見て回ることにした。
日が暮れ始める頃、ようやくもう一つの贈り物も決められたロッティはシャルロッテにお礼を言おうと思った。しかし、店を見渡してもシャルロッテの姿がなく、外に出てみるとずっと待ってましたと言わんばかりにシャルロッテが偉そうに腕を組んで仁王立ちしていた。
「お、無事に終わった? なら良かった良かった~」
「……シャルロッテさん、今日はありがとうございました」
シャルロッテの陽気さに調子を崩されそうになるが、ロッティは気持ちを込めてお礼を言葉を口にした。そんなロッティの殊勝な姿勢が伝わったのか、シャルロッテも「お、おう」と少し戸惑ったように言い淀んでいた。
「そうそう、無事にもう一つの贈り物を自分で決められたご褒美に、はいこれ」
「え、どういうことですか、ってちょっと」
シャルロッテはいつぞやのときのようにロッティの空いている手を握って再び何かを乗せた。無理やり掴まされたそれは、先程もシャルロッテが見繕ってくれた花柄のキーホルダーのようなものであった。
「結局それが無難かなあって。君は知らなかったみたいだけど、それ、お守りの効果があるって言われてるお花がモチーフなんだよ」
「そうなんですか……これが……」
別に疑っているわけではないのだが、ロッティはまじまじとそのお守りを見つめてしまう。
ロッティを見つめていたシャルロッテはくすりと息を漏らした。
「はい、じゃあ頑張ってきてね。私も色々やることがあるから」
シャルロッテは満足したように頷くと、そのままロッティに背を向けて港のある方へと向かって行った。思いの外その足は速く、ロッティはシャルロッテに聞こえるようにその背中に向かって叫んだ。
「シャルロッテさん、ありがとう」
シャルロッテは振り返ることなく、手をロッティに向けて振っただけで、そのまま道を曲がっていった。そういえば他の『シャイン』のメンバーと一緒ではなかったなと思いながらその姿を見送り、ロッティも仮住まいの家に帰ることにした。
しばらくして、シリウスのある場所、周囲に人がいない静かな所にて、その会話は行われた。
「あー、もしもし。上手く通信出来ていることを祈るわ。こちらシャルロッテ、こちらシャルロッテ。私の担当したエリアでは賢者の石もそれが使われている形跡も、いずれも今のところ確認できません。報告は以上です」
「ただいま」
ロッティが帰宅してからしばらくして、日もすっかり暮れた頃にガーネットは帰ってきた。その声色から、寝惚けながら紅茶を飲もうとしていた日よりは疲れていないだろうとロッティは判断した。
ガーネットが居間へ顔を出したタイミングで、ロッティは立ち上がって、ガーネットに花のお守りを差し出した。
「これは俺からの……なんつーか、日頃のお礼だ。受け取ってくれ」
ガーネットは一瞬理解が追いついていなさそうに目をぱちくりさせたが、ロッティの手に乗っている花のお守りを認識すると、何故か一瞬はっとしたようになった。おずおずとそれを受け取り、ロッティが先ほどシャルロッテに渡されたときのように色々な角度からそれを見た。
その際の目つきが、ロッティも意外に思うほど優しいものだったので、案外気に入ってくれたのかとロッティは胸を撫でおろした。
「気に入ってくれたようで良かった」
しかし、その言葉にガーネットは再びきょとんとした顔つきになった。まさか気に入ったわけではなかったのかと焦るも、続いた言葉を聞いて納得した。
「このお守りに使われている花は、ガーネットの花。技術を持った職人によってお守り用のまじないが施されると、このように紫がかった色になるの。そして、このお守りは、一度だけ持ち主を危険から守ってくれると言われているわ」
ガーネットはそこまで説明し終え、最後に「ありがとう」と付け足すと、もうロッティの方を見ずにうっとりとその花のお守りをいつまでも見つめていた。そんなガーネットの様子を見て胸の内が熱くなっていくのを感じながら、ロッティはシャルロッテからもらった自分の分のお守りをもう一度じっと見つめた。そこに何かシャルロッテのメッセージが込められているような気がしたが、いくら眺めても光が当たって紫色が薄れて赤みがかったガーネットの花は物言わず静かに輝いているだけだった。
フルールとしていたときと同じように街の人の手伝いをしに行くかどうか悩んでいる間に、ブルーメルから再び手紙が届きフルールの検査入院が終わったから迎えに行って欲しいという旨が書かれていた。ロッティは早速、手紙に記された住所へと向かった。
フルールと長い間街を回っては手伝っていたロッティは、大体街の全体像を把握していたが、検査入院をしていたという情報と指定された住所とがいまいちイメージが合致せずピンと来ていなかった。やがてロッティがたどり着いたのは、年季が入っていそうな古めかしい小さな建物だった。検査入院できるような設備が整っているとは思えないが、ロッティはどこかでこの建物を見た記憶があった。それが何の建物だったのかまでは思い出せなかったが、確かに見覚えがあった。
扉をノックして、「ロッティです。フルールを迎えに来ました」と伝えた。すると、中から髭をたっぷりと蓄えた中年の男性が出てきた。やはりこの男性にも見覚えがあった。中年の男性は警戒したようにロッティを見て、次に周囲をちらりと見て、それからやっと口を開いた。
「中に入りな」
短い言葉ながら確かな威圧感を感じ、ロッティは言われた通り中に入る。その瞬間、もわっとした鉄と粘土の匂いが鼻をくすぐった。
部屋を見渡しても、真っ先に目に入る大きな窯以外には目新しいものはなく、フルールはどこにいるのだろうかと首を回していると、奥の扉が開く気配がした。ゆっくりとドアノブが回り、開かれた先に
「フルール!」
「……まあロッティ様、いらしてたのですね」
ロッティの声にワンテンポ遅れてフルールもロッティの存在を認識した。無表情だったフルールの口角がわずかに上がった。
久し振りの再会であったが、しかしロッティは何か違和感を覚えた。目の前にいるのは確かにフルールなのだが、どこかいつもと雰囲気が違っているような気がした。フルールの傍に寄れず足の進まないロッティの肩に、男性の手が乗った。それに振り返ると、ロッティはその男性と目が合った。何か品定めをするような、鋭い目つきをしていたが、どこか光がないようにロッティには見えた。
「ブルーメルさんがここに寄越すようにしたということは……この青年には、言って良いんだな」
「……なんのことですか」
「よく聞け、ロッティとやら。フルールを見て違和感を覚えたようだが、それは間違っちゃいねえ。しばらく一緒にいたお前の目はごまかせんようだ」
そこで男性は、ふっと顔を上げてフルールを見る。何かを慈しむようで、それなのにどこか遠くを見ているような瞳だった。
「フルールは……お前さんが散々目にしてきた、