第5話
文字数 2,822文字
今後しばらくの行動方針についてガーネットから指示されたのは、なんとか資金調達のために仕事口を探して欲しい、というものだった。リュウセイ鳥の話を聞いた後で急に現実的な話をされて戸惑ったが、ガーネットに宿代を出させてしまい、これ以上女性一人に金銭面を任せっきりにするわけにもいかなかったので、ロッティは重い腰を上げて街に出ていた。ガーネットはロッティよりも早くに出かけてしまったが、何のために出かけたのかは聞いておらず、こうして街を歩いていてもガーネットに出会う気配はなかった。
街は相変わらず拍子抜けするほど平穏で、まるで魔物の登場しないお伽噺の中にいるような雰囲気だった。一人黒い帽子を被った子供が傍らを走り抜けていった以外に忙しくしている人はいなかった。店番をしている人はとても忙しそうにしているようには見えず、人手が足りないようには見えなかった。それに、先日見かけた女の子の機械人形や、他の機械人形も歩いているのを見かけた。
「……とりあえず、掲示板とかないかな」
これで今日探してきて見つかりませんでしただと、ガーネットに何を言われるか分からない。短い間ながらも、これまでのやり取りから、そんなことで小言を言うガーネットではないとロッティも分かってはいたが、のんびりして良いことではないとは感じていた。家々の窓に映る自分の顔は、暑くもないのに汗を掻いているように見えた。ロッティは、途方に暮れかけた心を持ち直して、掲示板を探すことにした。
しばらく歩いていると、黒い帽子を被った子供が掲示板らしきものの前で顔を上げたまま立ち止まっているのが見えた。先程見かけた子供と一緒であった。何かあったのかと、ロッティはその子供の凝視しているであろう掲示板の方に近づいた。黒い帽子をかぶった子供はロッティが近づく前にさっさとどこかへと駆けていった。
せわしない子供だなという感想を抱き訝しみながらも、ロッティもその掲示板を覗いてみる。
掲示板に若干乱暴に貼られた紙が一枚だけあり、その紙にはこう書かれていた。
機械都市シリウス 皇族委員会より貴街への依頼
この度は我々の依頼を受理して戴き、誠にありがとうございます。
我々の地域の周辺に存在する鉱山には、我々の誇る機械人形の製作に欠かせない材料が眠っています。
慎みながら、機械人形を望む声は日に日に大きくなっており、今後ますます我々の街は繁忙になることが予想されます。
しかし、我々は未だに機械人形に対する認知不足ゆえに人手不足であり、今までに盛況した例もございませんゆえ、どのように対処していけば良いのか恥ずかしい話想像しがたいのです。
そこで、街として古くから付き合いのあるという貴方方に依頼した次第でございます。
詳しい内容については係の者を送りましたので、彼より具体的な話をお聞き下さい。彼が今回の責任者です。
なるべく人手が多いと捗るかと思いますので、街で呼びかけや掲示板に貼るなどして人を集めてくれれば幸いです。
報酬は、我々が責任を持って払わせて戴きます。
よろしくお願いします。
皇族上院委員及び機械人形製作最高責任者 ブルーメル 著
達筆な字で書かれた文章は、名前の横に押されている印鑑で終わっており、その下に地図らしきものが描かれていた。何回か読み返してみて、どうやらこれは仕事の募集だということをロッティはようやく理解した。地図は後から書き足されたのか、達筆な字とは対照的に雑に書かれていた。この地図はどうやらこの街の外れにある場所を指しているらしかった。地図らしきそれによく目を通して一通り覚えて、地図に示されてるその場所に向かった。
急ごしらえで備え付けられたような電飾だけで照らされた薄暗い鉱山の中では、小さく囁き合う声と金属と岩のぶつかる音とで満たされていた。力仕事に慣れていなさそうな線の細い若者や体つきの良い中年たちに混じってロッティもその鉱山でスコップを振るっていた。時折カチンと硬い岩盤に当たってスコップが跳ね返るが、少し力を込めてゆっくり突き刺せば難なく掘ることが出来た。他の者たちはそう上手くは出来ないようで、別の道具を使ったり他の者と協力して掘ろうとしていた。
「ったく、報酬が良くなかったらやってねえぞ」
誰かが呟く。もう何度目かのその台詞に皆が、おう、とか、だな、とか曖昧に返事をする。ロッティも、悪態をつくほどではないが、途方のない単調な作業と、土埃が舞う薄暗い空間に長時間いるという状況下に、少なからず気が滅入っていた。それでも、ロッティも含めて誰も鉱山の発掘作業を降りる気配はなかった。
掲示板に書いてあった責任者による説明では、今回の依頼では何種類かの鉱物や宝石を掘り出すことが仕事の目的であった。その期限も特に決められてなく、何も発掘できなかったとしても最低減の報酬は支払われるということだった。その羽振りの良さに、平和そうに見えた街から存外に多くの人がやって来ていた。
「おいガキ、大丈夫か?汗びっしょりだぞ」
「……大丈夫です」
「そうか。まあ汗拭くだけでもしとけ。目に入って染みるぞ」
「……ありがとうございます」
白いタンクトップを着た男性がこの鉱山唯一の少年にタオルを放り投げた。少年はそれを素直に受け取り、額に滲む汗を雑に拭いた。タオルを男性に返そうとするが、男性がジェスチャーでいらなそうにする素振りを見せており、少年も諦めてタオルを首に巻いて、ピッケルを両手に持ち作業を再開した。
少年はロッティと同じ日に働き始めており、街中で見かけていた黒い帽子を被った子供であった。黒い帽子を脱ぐと、その下には中性的な顔立ちが現れた。この少年ほど若い参加者は他にいなかったが、責任者も周りも特に気に留めることもなく、平然とした様子で作業に参加していた。いくつか鉱山があり、それぞれの鉱山において担当するグループが決められたのだが、この鉱山で働いている人たちの間では、自然とその少年を気遣う雰囲気が出来上がっていた。そのおかげなのか、つい最近になって新しくメンバーに加わった、口数の少ない青年がいたが、何のわだかまりもなく受け入れられた。
スコップで岩盤を突き崩していくと、ぽろりとロッティの足元に赤い鉱石が転がってきた。拾って掲げてみると、薄暗い空間の中でもゆらゆらと水含んだように赤くキラキラしたものが揺れていた。その柔らかそうな見た目に反して、その感触は生半可な金属よりも硬く、力に自信のあったロッティが指先に軽く力を加えてみるも全くびくともしなかった。不思議な鉱石があるものだなと、ロッティはその鉱石を腰にぶら下げた依頼用の袋にそっと入れて、作業を再開した。