第27話
文字数 3,394文字
フルールに慰められて自身を情けなく思ったが、ロッティはフルールの言葉に倣ってそれをひとまず置いて考えてみることにした。そして答えは、きっとガーネットと共に旅をする前でなら違ったような答えが、すんなりと出てきた。
「俺は、ガーネットを信じたい」
それは何の答えになっていないかもしれないが、ロッティにとってはこのことが一番大切なことだった。
「俺はガーネットのことを何も知らないかもしれない。勝手に自分と似ている雰囲気をしているからってだけでついていった……それでも、俺のそんな雑な信頼に、ガーネットはきちんと応えてくれていたような気がするんだ」
リュウセイ鳥の伝説のある街にて、命を張ってロッティを援護したのを思い返す。そもそも、見ず知らずのはずであるロッティと一つ屋根の下で過ごし、ロッティに何も文句を言わずにいてくれている、そんなガーネットのこれまでの言動すべてに、ロッティへの信頼が現れていると信じていた。
「ガーネットは、十月二十日……明日が終わればすべて分かるって言ってた。そして、手紙にはまた戻るから心配しないでって書いてあるんだ……なら俺はそれを信じたい」
ロッティはフルールの差し伸べた手をそっと手に取った。小さく柔らかいその手からは、やはり人の温もりが確かに感じられた。
「だからフルール。まずは明日、ブルーメルに会いに行こう。そのときに俺たちが思っていることをすべてぶつけてやるんだ。まずはそこからだ」
フルールはまるで人間のように、満面の笑みを咲かせた。
そして翌日、いよいよ重大な告知が為される当日になった。
街に出るといつもより人は多かったが、当然街の全員というわけではなさそうで、むしろ好機到来とばかりに店先で積極的に呼びかけをやっている声も大きく、ある種の祭りのような賑やかさがあった。
「フルール」
ロッティはフルールに手を差し伸べた。人の流れが多い以上に、これから先ブルーメルと会ったときのことを考えると、ロッティは少し怖くもあった。それはフルールも同じだったのか、不安そうな表情を仄かに浮かべながらそっとロッティの手を取った。
「行こう、フルール」
フルールは力強く頷いた。その瞳には、もう先日までの揺らぎはなかった。
広場へ向かうにつれて人の流れは多くなり、寒い時期がもうすぐそこまで迫っているというのに、それを感じさせない熱気がむんむんと立ち昇っていた。袖の長いものを選んでいたロッティは、少しばかり後悔しながら袖を捲った。道中、フルールと一緒に街を巡っていたときに世話をしていたような人を何人か見かけたが、大抵はこれからの皇族委員会からの発表に意識が向いているようで、手を繋いで歩くロッティたちに気づくことはなかった。
人並みの中には、ハルトやブラウたち『ルミエール』の皆やシャルロッテたち『シャイン』の人たちと思しき集団を見かけた他、多少武装している集団を多く見かけ、シリウス以外の街の人間も注目していることを今更ながらに知った。そこでふと、ロッティはガーネットやブルーメルの言葉を思い出していた。
——フルールを見守っていて欲しい
これだけ多くの人が集まっている中でなら、リュウセイ鳥の街のときのような暴挙に走ることはないだろうが、フルールのことを狙っている輩がいる確率はむしろ高いと思えた。ロッティは無意識にフルールの手を繋ぐ手を強めた。フルールが不思議そうにロッティを見つめ首を傾げた。
「俺たち以外にも気にしてる人がこんなにいるなんて予想してなかったからな。離れないようにな」
フルールが危ない輩に狙われているかもしれない、なんて言えなかったロッティは咄嗟にごまかしてみせたが、フルールは特に疑う気配もなくすんなりその言葉を信じて、フルールの方からも握り返してきた。自分の手汗がフルールに伝わってしまっているような気がして嫌になったが、背に腹は代えられなかった。
広場に到着したロッティたちは、大勢の人をかき分けながら、広場を取り囲む建物の傍らから舞台を見ることにした。ロッティにとっては、内容が予測できている重大な告知よりも、その後ブルーメルと会うことの方がはるかに重要であると考え、発表が終わった後すぐに港に向かえるようにするための立ち位置だった。フルールも
広場に集まった者たちは、めいめいに重大な告知について予想を立てていた。中には機械人形の製造に関する噂を絡めた話をしている者もいた。
「今回のことは本当に異例です。シリウスの皆様全体に関わるような話だと思うのですが……ロッティ様はどう思いますか?」
フルールも他の皆と同じように、重大な告知についてはどこか暢気にそんな風に言っていた。そういえば、フルールもロッティがブルーメルに連れられて何をしたのかまでは知らなかったのだとロッティは気がついた。
「何だろうな……新しい発明の発表とかじゃないのか」
「……機械人形の例の噂については、どう思いますか?」
フルールはロッティの裾をぎゅっと握りしめた。その手から、フルールの震えが伝わってきた。どんな予想にしろ興奮している様子の街の皆とは対照的に、そのフルールの反応はひどく寂しかった。
「……フルールがもし嫌な予感がしてるとしたら、多分それは外れる」
「どうしてでしょうか」
「それは……それこそ、きっと本人から話してくれるはずさ」
それ以上は、自分が言うべきではないと考え、ロッティはそれで話は終わりだというように舞台の方を見上げた。ロッティも人並み以上には視力が良い自信があったので、舞台の上の様子がよく見えた。フルールがそれでも何か言おうとしたとき、それを遮るように舞台の方から声が上がった。
「皆様、本日はご来場、誠にありがとうございます」
シリウスの街の雰囲気にはそぐわない、冗談のように派手な恰好をした司会らしき人が、貝の拡声器を手に持ち高らかにそう宣言すると、ざわついていた広場はさらに盛り上がった。それに満足したように頷いた司会は紙を手に取りそれを見ながら話し始めた。緊張感が高まっている今だからこそ聞ける話だったが、ロッティにとってはとても退屈な世間話やら最近の世界情勢の話などがしばらく続いた。しかしその前座の甲斐はあったのか、広場に集まっている者たちの緊張は解けていったようで、堅い雰囲気が解れていきざわつく声も鳴りを潜め静まり返っていった。
司会がやがて、ロッティの予想通り、ブルーメルの名を呼んだ。
広場に集まった者の中で、ロッティとフルールだけが固唾を呑んでブルーメルが上がってくるのを見ていた。
舞台に登場したブルーメルは、講堂や機械人形を壊しに出た旅のときと違って、喪服のように暗く地味な服装をしていた。ブルーメルは視界から貝の拡声器を受け取り、広場全体を見渡した。
「紹介に預かりましたブルーメルです。本日は、ご来場ありがとうございます。そして……もとい、今までにない発令の仕方を採ったことで皆様に動揺と不安を誘ってしまったことを深くお詫び申し上げたいと思います」
ブルーメルは深々と頭を下げた。その姿が、ロッティにはとても小さく見えた。それほど、ブルーメルの声は堅く、何かに怯えるように震えていた。今までロッティに対して見せていた、毅然として、冷静沈着なイメージからはかけ離れていた。
やはり、今日何かが起こるのかもしれない。それがこの告知のことなのか、ガーネットの言っていたように今日終わって分かることなのかは想像できなかったが、ロッティは無意識にブルーメルの安全を願った。
ロッティのその気持ちがフルールにも伝わったのか、小さく「ブルーメルさん……」と頼りなげに呟いた。すると、舞台からは遠く離れているのにまるでそのフルールの呟きが聞こえたかのように、ブルーメルの肩が揺れた、ように見えた。顔を上げたそこには、ロッティのイメージ通りの、冷静で毅然とした姿が戻っていた。