第17話
文字数 3,359文字
だが今回はフルールの容姿以外にも変わったところがあった。それは、フルールが毎回カメラを持ち歩くようになったことであった。
「あらあらフルールちゃんこんにちは。そのカメラはそっちの彼氏さんに買ってもらったのかえ」
「確かにロッティ様に頂いたものですが、ロッティ様は彼氏ではありません。後で一枚写真を撮らせてください」
フルールは行く先々で街の人と自分が映っている写真を撮っていった。時折ロッティも混じって一緒に映るように頼まれたが、何となく気恥ずかしかったロッティは毎回断っていた。
「ロッティ様が大事だと思った瞬間を撮ってみれば良いと仰ったのに、ロッティ様が撮られるのを断るのはおかしいのではありませんか」
若干キレ気味のフルールのごもっともな意見にロッティは頭を下げるしかなかったが、やがて折れてロッティが街の人に何かしてあげている様子を撮ってもらうと、何とかフルールも静かな怒りを鎮めてくれた。
フルールは以前と変わらず、そんなに分かりやすく表情が変化することはなかった。しかし、以前よりもどこか吹っ切れたような印象があり、すっきりとした顔をするようになった気がする。そんなフルールを見てロッティは安心していた。
そう気が緩んでいたときに、ハルトに出くわした。
「おっすロッティ。元気してたか。フルールさんも、こんにちは」
もうハルトはこの街で初めて会ったときのように詰めてくることはなく、自然に挨拶を交わしてくれた。ロッティとしてはありがたいのだが、むしろ以前までは一緒にいることが自然でこのような状況こそが珍しいことであったので、ロッティは未だに今の距離感に慣れないでいた。フルールは呑気に「こんにちはハルト様」と言っていつものように丁寧にお辞儀した。
「俺は別に何とも。それよりハルトたちの依頼って何なんだ? けっこう長い間滞在しているような気がするけど」
「どうしたんだよ急に。そういえば言ってなかったっけか?」
「ああ、聞いてない」
ハルトはわざとらしく顎に手を添え考え込むような顔をしたが、前々からそんな難しい顔はハルトに似合ってないとロッティは思っていた。
「まあロッティになら言って良いか……いやそれがな、俺たちフラネージュのお偉いさんたちから機械人形の製作依頼を仲介させられてさ。もう一度機械人形の責任者たちに話をつけてくれないかって頼まれたんだ」
「機械人形……ねえ。別に何も問題なさそうに聞こえるけど」
フルールは隠れるようにロッティの傍に寄り付いた。服の背中を掴まれ、かすかにくすぐったかった。ハルトはそんなフルールを不思議そうに覗いてくるも、気を取り直して話を続けた。
「それがさ、何でも皇族委員会の中で機械人形製作における最高責任者がもう機械人形は作らないって言っている、ていう噂があるんだよ」
ハルトが神妙な顔をして説明してくれた噂については、ロッティは初耳だった。確かめるようにフルールに振り返るも、フルールも何も知らなそうにきょとんとしていた。
「だから交渉が難航してるってことなのか?」
「交渉というか……前回も同じ依頼があったんだが、その時も断られててな。んで、今回フラネージュの人がどうしてもってことでもう一度その意志を伝えにシリウスにまた来たんだが……今度は全然その返事が来ないんだ。交渉すらさせてもらえてない状態ってこと」
ハルトは参ったように両手を広げてみせた。呆れたようにニヒルな笑みを浮かべているところから、ハルトもこの件については諦めているようである。
「でも、あくまで噂だろ? 別にシリウスに損があるような話とも思えないし……必要なものが足りないとか、明確な理由があるならきっちり言ってくるだろうし」
ロッティは背中のフルールに配慮して言葉を選びながら、その噂の是非について考えてみた。そういえばと、リュウセイ鳥の伝説の街にいたときの鉱山発掘は機械人形がどうだという話であったことをロッティは何となく思い出した。ハルトの話が本当なら、あれは一体何だったのだろうか。今までロッティたちが散々シリウス中を巡って人の話を聞いたりもしてきたが、そのような類の話を聞くことも一度もなかった。皇族委員会の一員であるブルーメルやガーネットからもそのような話はされておらず、フルールもハルトの話を聞いた反応を見る限り、特に心当たりはないようである。
想像の及ばないところはあるけれど噂の信憑性は低い、そう結論付けようとしたロッティだったが、ふとあることが頭に引っかかった。鉱山を閉鎖した日から、あれだけいた機械人形をこの街で見た覚えがないことが、唐突にロッティの頭の中に不気味に浮かび上がってきた。
その気づきが表れていたのか、ぼんやりと考えていたハルトが目の色を変えてロッティに意識を集中させていた。しかし、ロッティはこのことを話すのは良くない予感がしていた。
「……よく分かんない話だな。俺はもう行くよ」
「……そうか。邪魔したみたいだな。じゃあなロッティ、フルール」
「ああ、じゃあな」
「ハルト様、さようなら」
去り際、ハルトはしばらくロッティから視線を外さなかったが、やがてふいと逸らし人並みの中へと消えていった。
背後にいたフルールが離れ、ロッティの横に並んでハルトの消えていった方向を目で追っていた。
「ロッティ様……気づいたことがあるのならどうしてハルト様に話さなかったのですか」
「……フルールがこの間俺の家で話してくれたとき、一番最初に話してくれた前提を思い出したんだ」
フルールは、半分納得がいって半分よく分からないといったように首を右へ左へ振り子のようにゆっくり揺らしていた。ロッティとしても、感覚的に嫌な予感を感じ取っただけなので、適当な言葉が思いつかなかったが、一応説明してみた。
「機械人形に関して何か秘密があるなら、迂闊にものを言うよりは、黙っておくに越したことはないって思っただけだ」
そして、そういう秘密に関することなら、ガーネットは何か知っているだろうとロッティは確信していた。フルールはまだ悩んでいるのかすっきりしたのかはっきりしないような表情でロッティの裾を掴み「よく分かりませんが、街の人の手伝いの続きをしましょう」と無理やりロッティを引っ張った。
翌朝、いつもより少し早く起きたロッティは居間へ向かうと、もうすでに自分の朝食を済ませたガーネットが鏡の前で鞄の中身を確認していた。服もすでに他所行き用に着替えており、すっかり委員会の仕事が板についたように以前よりも落ち着いた雰囲気のガーネットに、ロッティは恐る恐る話しかけた。
「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが、夜に良いか」
「……急だね。まあでも、大丈夫」
ガーネットは鏡を見て自分の髪を後ろで結わえながら、器用に鏡越しにロッティを見た。鏡越しでも、ガーネットの赤い瞳とは微妙に目が合わなかった。
「いつもより早く起きてきたと思ったら、そういうことだったんだね。何事かと思ったよ」
「……朝起きるの遅くて、悪いな」
「……別に貴方を責めてるわけじゃないの」
ガーネットは目を伏せ、鏡も見ずに結わえ終えると、さっさと立ち上がって鞄を手にした。ロッティも家を出ていこうとするガーネットの背中を黙って見送っていた。
「じゃあ、いってくるね」
「いってらっしゃい」
その後数分しないうちに、ガーネットと入れ替わるようにしてフルールがやって来て、その間に準備を済ませたロッティは鍵を持って家を出た。