第17話
文字数 2,552文字
「なるほど……なら一刻でも早くここを出ないとな」
ブラウが話し終えると、クレールが話を聞きながらまとめたメモを睨みながら、独り言のようにそう言った。ジルもすっかり元通りというわけではないが、それでも時間が癒してくれたのか、比較的落ち着いた様子でクレールと一緒にそのメモを眺めていた。
「元の鞘に納まった感じだね」
「ん? どういうことだ?」
ジルの発言にアベルが首を傾げた。
「アベル、ブルーメルさんの依頼のことを思い出してみろ」
「ん、そりゃ確か、自分を暗殺した人の正体を突き止めて欲しい……と、そっか、何か団長の書物についても言ってたな」
「そうだ。ブルーメルさんが言うにはヒントは団長の持ってる本にあるらしい。そして、イグナーツという人も団長の持つ本を守れだの先に読めだの言っていた。これは偶然の一致なんかじゃないはずだ」
クレールはその後もしきりにメモを睨んでは考え込むように唸っていたが、やがて顔を上げて人差し指を伸ばした。その横でジルがブラウから件の本を受け取り、「これ日記なんだね……」としみじみと呟きながら開いた。
「とりあえず、これから俺たちのやるべきことは、団長のこの書物を読むことだ。そのためにも、まずは帝都を目指すのが良いんじゃないかと思う」
「ん~? はいはーい、でもその日記……本の文字読めるのって、そのーえっと、エルフ族?とミスティカ族?じゃなきゃいけないんでないの?」
「団長がイグナーツから聞いた限りではそうだな」
「だったら、もっと人里離れたところでそういう人たち探した方が良いんでない? そのイグナーツって奴の話では、帝都みたいな場所で表立って暮らしてるどころか、むしろ人目のつかない場所で暮らしてるんだしょ?」
ルイの質問も、ハルトはなるほどと納得できた。相変わらず軽そうな頭で随分と回転が速いなあとハルトが感心していると、クレールはハルトの内心に反して首を横に振った。
「もちろんこの書物を読むためだけならそれが地道で一番良い方法かもしれないが……今回はそれだと問題がある。一つは、この書物を狙っている連中がいるということ。そういう人たちを探すことに時間がかかってしまえば、それだけそいつらに狙われる回数も増える、しかも人気のないところを探すわけだから、他の人の助けも借りにくくなる……だから、一番の方法だがリスクも高くなるんだ」
即座にそう答えるクレールに、初めはクレールも同じことを検討していたことが窺えた。それに対してなおさらに考えを踏み込めたクレールはやはり切れ者であり、ルイもハルトと同じように唇を突き出して口笛を吹いていた。
「それと、これは俺の勘なんだが……なあ団長。本当にブルーメルさんにその書物のことを話したことなかったんだよな」
「ああ、言ったことないぜ」
「ありがとう……うん、やっぱり、そういうことになる気がする……」
「何だよ、もったいぶらずに話せよ」
アベルが肘で小突いて独り言をぶつぶつ呟くクレールを急かす。そんなことを意にも止めない様子で考え込んでいるクレールは、何度も頷いてから顔を上げた。
「確かにルイの言っていた通り、そういった人たちは隠れて生きている人が多いと思うが……ブルーメルさんのように、普通に俺たちに紛れて生きている人もいるはずだと、俺は踏んでいる」
「ブルーメルさんのように……? ブルーメルさんも、その、ミスなんちゃら族だかエルフ族だったって言いたいのか?」
「それか、イグナーツと同じ幻獣族か、だ。じゃなきゃ、何故一言も話題に出していない団長のこの本を知っているんだ? しかも、手紙の書き方からして、ブルーメルさんも別に団長のこの本を狙う側の人間でもない。なら、ブルーメルさんと同じように、素性がばれないように生きていながら、俺たちに協力してくれるような人がいるはずだ」
「だから、一番人の集まる帝都に行こうってことだね。イグナーツさんがいくらか話してくれたとはいえ、僕たちはとにかく情報が足りない……」
それまでブラウの本を黙々と読んでいたジルが、視線を本から外すことなく横から会話に入ってきた。クレールもジルの説明に力強く頷く。その説明で、ハルトたちもようやく帝都に向かう意図に納得がいった。途方に暮れかけていたハルトだったが、今確かに展望の見えなかった話に光明が差し込んできているのが分かった。
「よし、それじゃあ今すぐにでもここの街長に話をして早速帝都に向かうぞ。目標は、この本を読むことだ。そして……」
ブラウが、そこでわずかに言い淀んだ。それで一層、皆の注目がブラウに集まった。ブラウの瞳には決意のようなものが込められており、揺らぐことなく真っ直ぐに、そこにある何かを見つめていた。
「もし、ブルーメルさんと同じように生きているのだとしたら、ブルーメルさんを暗殺した連中にその人も狙われているかもしれん。今度こそ、そんなことさせないように、俺たちが守ってみせようじゃないか。そうすれば、ブルーメルさんの依頼にも本当の意味で応えられるってもんだ」
ブラウが、親指をぐっと立ててニカっと豪快に笑う。それに対して、皆も小さく笑ったり、「おう、その通りだ」と喝采を上げたりして、めいめいに盛り上がった。ハルトも、ブラウの最後の言葉に心から賛同していた。イグナーツのようにすべてを諦めきったように悲しませることも、フルールのようにブルーメルが亡くなって辛そうにしているのも、ジルのように大切な人を失う悲しみを味わわせることも、そして、ロッティのように心を通わせられないまま辛い思いをさせるのも、したくはなかった。ハルトは想いを固くして、まだ見ぬブラウの本の読み手に想いを巡らせた。