第6話
文字数 3,098文字
部屋に戻ると、珍しく、ガーネットがベッドの上で静かに寛いでいた。
「……あら、お疲れ様」
ガーネットはロッティの方をちらりと見たかと思うと、すぐに視線を外し窓の外を眺めた。相変わらず何を考えているのか分からない表情をしていて一見変わったところなど見られないように思えるが、ガーネットの黒髪がわずかに乱れているのにロッティは気がついた。しかし、そっぽを向くガーネットにそれを指摘するのも躊躇われ、ロッティは何も言えなかった。
「ああ、ただいま、だな」
「ええ。苦労する役目を押しつけてしまって、ごめんなさいね」
「別にそんなことは気にしてないけどさ……」
「そう……」
ガーネットは窓の外を向いたままそう呟き、そこで会話は不意に終わった。ロッティも自分の使っているベッドに座り、天井を仰いだ。鉱山での作業にも慣れてきていたが、それでもベッドに身体が沈み込んでいく感触に疲れが主張を始めてきて、ふうっと息が漏れ出るが、ロッティは慌てて口を覆った。ガーネットの方を振り向けずに、天井を仰いだままロッティは身を固くした。
「……どう? 何か変わったことはある?」
「え? な、なんだ急に。どうって言われてもな」
ガーネットは、いつの間にかロッティの方を向いていた。瞳は、綺麗な赤色をしていた。その眼差しに、ロッティはどぎまぎしながらも姿勢を正した。
「変わったことか……そう聞かれると、ないわけでもない」
「そう……今日は、お互いに少し情報を共有しましょう」
それからガーネットは立ち上がって紅茶を淹れてくると言い残して部屋を出た。扉の閉まる音が部屋の空気を震わせた。
また気を遣わせてしまったのだと、ロッティは気づいて自分に少し嫌気が差した。手を見つめると、一日中鉱山の中にいたために、土汚れが目立っていた。それが無性に、ロッティをいらつかせた。ぎゅっと強く握りしめ、手の平に深く皺が刻まれるのを見ると、ロッティは洗面所に向かい汚れを一つ残さず流すように丁寧に手を洗った。
夕陽と街灯の混じった光が差し込む窓のカーテンを閉め、ロッティはベッドの上で落ち着いた。
紅茶を淹れてきたガーネットが戻ってくると、部屋はたちまち芳醇な香りに包まれた。自分が淹れたときとは明かな違いを鼻で感じ取り、ロッティの眉間に皺が寄る。
「まあ、ロッティも疲れているでしょうから、まずは私から話すね……もっと早くにこうするべきだったのかもね」
後半の方は独り言のように小さく、ロッティは聞き取れなかった。
ガーネットは小さなテーブルの上にティーポットを置き、二つのカップを持ってロッティの座っている隣のベッドに座った。向かい合ったロッティに片方のカップを渡すと、自分の分の紅茶を一口飲み、ふうっと静かに一息吐いてからゆっくりと話し始めた。
「私は……簡単に言えば、情報収集ね。リュウセイ鳥の伝説について、詳しい話を知っている人や、リュウセイ鳥の伝説を信じて叶えに来ている人がいないかどうか、聞いて回っていたの」
ガーネットは本を読むときのように俯きがちに淡々と話し始めた。身体に残る疲労とガーネットの話し方が合わさってロッティはその内容をかみ砕くのにも一苦労だった。適当に相槌を打って続きを待つ。
「あとは、私も金になることを少し探してた。といっても、目ぼしいものはまだ見つけられてないけどね。どこの店も手伝いはいらないって言ってる。この街は皆、競争意識とかも何もなく、のほほんと暮らしているみたい」
皮肉にも聞こえるような話を無感情に語るガーネットに対して、ロッティは笑えばいいのか反応に困った。ガーネットは刻々と飲み続け、半分ほどにまで減ったティーカップを一度テーブルの方に戻しに立ち上がった。
「それで、貴方の方はどうなの?」
つまらなそう、というほど冷淡ではなかったが、やはり温度のない声でガーネットは尋ねてきた。ガーネットに再び気を遣わせてしまったと感じていたロッティは、紅茶を飲んでいたにもかかわらず苦さの感じる舌を何とか動かした。
「鉱山の発掘って、力仕事だよな」
ガーネットはベッドの方に戻りながら「ええ」と相槌を打った。ベッドに座ると、ぽふんと間抜けな音を鳴らしながらガーネットの身体が少し跳ねる。
「ええと……何て言うか、変な子供がいる。他はそこそこ年齢いってそうな男しかいないし、俺と同い年ぐらいの奴だってそんなにいないのに、一人だけ俺よりも年下な子供がいる。何でこんなことに参加してるんだろうって……」
「子供……」
「……あと、これまでの記憶がないって言ってる男がいた。俺より、いくつか年上だけど、その変な子供と、俺の次に若そうな奴」
「ふうん……」
自分でも大した話が出来ていないなと自己嫌悪に苛まれたが、ガーネットは気を遣ってくれているのかそれとも本心からか、感心したように真剣な表情で耳を傾けてくれていた。その真面目な表情からガーネットの本音は推し量れそうになかったが、本当に感心しているのだとロッティは信じることにした。
しばしガーネットは、顎に細い指を当てて何かを考えこむように眉間に皺を寄せていたが、やがて考え疲れたのかティーカップを再び手に取り一息ついていた。ティーカップを載せている皿を丁寧に抱えながら、液面をじっと見つめていた。
「……その二人のこと、良かったら見ていてくれない?」
「それは……監視しろってことなのか?」
ロッティの怪訝そうな声に、ガーネットは静かに頷いた。自分で話しておきながら、ガーネットがその二人を気にかけるのは意外のようにロッティには感じた。
記憶がないと言っている男は確かに怪しいが、年端もいかない少年をそんな風に警戒するのは気が引けた。それとも、子供であることを逆手に取って背後で手を引いている別の人がいると踏んでいるのだろうか。ロッティがそんな想像をしているうちに、ガーネットはティーカップを空にして、暇そうにくるくるとカップを皿の上でゆっくり回していた。下を向き、静かにカップを見つめる黒い瞳からは、やはりその真意は読み取れそうになかった。
ガーネットは何か隠し事をしている、そんな距離感は出会った初めから肌身に感じていた。しかし、どこに行こうと、『ルミエール』から離れられればとりあえずは良いと考えた自分がガーネットに惹かれた理由は、そう単純なものではなかったことをロッティは思い出していた。ガーネットがもし自分と近しい感覚の持ち主なら、不用意に心に踏み込むような真似は相応しくない。
「分かった……ガーネットの言う通り、二人をちょっと見てみることにする」
正直不安や疑問がないと言えば嘘になる。しかし、ガーネットを見たときから、ガーネットが人を避けて生きてきたと直感したときから、こんな旅になることは承知の上だったはずだ。ロッティは喉元まで出掛かっていた懐疑心をティーカップの紅茶と一緒に飲みこみ、ガーネットの分のティーカップも半ばぶんどるようにして手に持った。それらを洗おうと洗面所に向かうと、「ありがとう」と小さくか細い声が背後から聞こえてきた。ロッティは振り返らずに「ああ」と返して、それからまた部屋は静かになった。