第10話
文字数 1,970文字
急な話だったが、アリスの想いに打たれていたロッティはその提案に何も異存はなかったため首肯した。
「皆によろしくね」というアリスの想いを受け取ったロッティたちは早速下町に向かった。ここ最近、アリスと一緒に来ていたロッティの顔を覚え始めた人も多く、ロッティの顔を見て「お」という風に眉を上げるがその直後その隣に並ぶガーネットに不思議そうに首を傾けた。珍しく積極的だったガーネットは、ロッティと協力して下町の人たちに「今日はアリスは具合が悪くて来られない」という旨を伝えていった。
一通りアリスがいつも会っているような人たちに伝え終え、最後に例の少年のところへ向かった。少年はいつものように部屋の隅で縮こまって座っていた。
「あの子が……例の……」
ガーネットのその呟きは儚く、消え入るようだった。少年は聞こえているのかいないのか、無反応だったが、アリスがそれまでしていたようにガーネットがその少年の隣に座ると、少年は少しだけ気にするような視線を向けた。
「今日は、アリスは来られないんだ」
ロッティもいつものように少年の隣に座りなるべく優しくアリスのことを伝えた。それでも身じろぎ一つ見せずにロッティのことを見つめてきたが、「具合が悪くて、来るのが辛いらしいんだ」とロッティが付け足すと、少年は理解したように小さく頷いた。ガーネットもロッティとは別の壁に寄りかかって、少年に何か話しかけるでもなく静かに部屋を見渡したり窓の外を眺めてたりしていた。少年とは会話も少なく静かな時間をこれまでも過ごしてきたが、今日の静けさは少しだけ耳にうるさかった。
それからアリスの不調は続いた。毎日、顔色を悪くしながらも何とかこの小屋にまではやって来るのだが、それだけで相当に体力を使うそうで、椅子に座っていることしか出来なかった。それでも、いつになく積極的にアリスに話しかけるグランに、アリスも何とか表情を和らげようとしていた。「ロッティたちが行ってくれるなら」と料理をしようとしたこともあったが、ふらついて倒れそうになっていたので慌ててグランと共にアリスを安静にさせ、料理をさせないようにした。アリスも初めは頑固だったが、次第に渋々それを受け入れて、申し訳なさそうな顔でロッティたちを見送るようになっていった。
ロッティとガーネットが下町を訪れるようになってから、徐々にだが下町の人たちの活気は薄れていった。ロッティたち自身の明るくはない性格も関係しているだろうが、それ以上にアリスの不在が大きく影響していることは明白で、如何にアリスの存在が下町の人たちの生活に深く根付いているのかを実感させられていた。時折下町の人たちと話をするもやはりアリスに関する話題が多く、アリスの身の上について確かなことを言えず、下町の人たちの不安を紛らわせられないことにロッティは申し訳なくなった。
ガーネットはこうなることも知っていたのだろうか。そう思いガーネットの顔を窺ってみるも、ガーネットは相変わらず無表情を貫いていた。アリスが小屋にいない間、グランは不機嫌そうにテーブルに頬杖ついて窓の外を眺めていた。ロッティも、ガーネットから借りた小説を読む気力も湧かず、グランと同じようにテーブルに着いてぼんやりしたり、自室のベッドで寝っ転がりながら窓の外を見上げたりしていた。
雲行きの良くない不安が募っていく中、アリスがとうとう来ない日があった。昨日までとは打って変わって上空には重たい雲が居座っており、一日中陽光は差し込んでこなさそうだった。いつまで経っても来る気配がなく、城の方や小屋に来るまでの間で何か事件に巻き込まれたのではないかと思い、どうすれば良いかロッティが悩んでいると、ガーネットはいつもより曇った表情で、それでも下町に行くことを提案して、ロッティもガーネットがそう言うならと渋々受け入れた。グランとは念の為小屋で待っておいた方が良いという話をして、留守を任せてロッティはこれまでのようにガーネットと共に下町へと向かった。ガーネットの目の下には隈が出来ており、何か良くない未来でも夢に見たのかと心配になったが、どこか重苦しい翳が差したガーネットの横顔に話しかけるのは躊躇われた。
下町の人たちには、アリスが来なかったことは言わないでおこうと決めていた。いつものように、具合が悪くここに来られなさそうとだけ、いつものように告げるだけに留めておくことに決めた。自身の不安が相手に伝わっていないか心配になったが、そんな様子もなく、一通り伝え終わった。そして、いつものように最後に例の建物へ向かい、母親を亡くしてふさぎ込んでいる少年に会いに行こうとした。しかし、その部屋へ訪れると、わずかな生活の跡だけがあるだけで、少年の姿はどこにもなかった。