第13話
文字数 3,249文字
しかし、その洞穴は思っていたよりも短く、あっという間に遠くから光が差し込んでくるのが見えて、ロッティはその光の先を目指した。光のある所に勢いよく出ると、そこで道が終わっていたのでロッティは慌てて急ブレーキする。その開けた場所で見えた光景に、ロッティは息をするのも忘れた。
氷光花が咲き誇り青白く照らされた洞窟内で、横たわる二人を庇うように立った男が、自身の大きな手で天井から落ちてくる岩盤をひたすら殴り砕いていた。
「イグナーツ! 合図を出せ!」
ロッティの叫びに、その男、イグナーツはすぐさまロッティの姿に気がつき頷いて、そのまま岩盤を砕き続けた。そして、いくらか振ってくる岩盤を殴り、洞窟全体を揺らす揺れがわずかに収まった瞬間に、「いまだ、ロッティ!」とイグナーツが叫んだ。
ロッティはイグナーツの傍らで守られるように横たわる二人を『持ち上げ』、そのまま自分の元まで『運んで』きた。そして、二人がどちらも見知った顔であるのを確認してから、ロッティは再び洞窟を大きく揺らされる前に先ほど来た道を引き返していった。そこから先はあっという間で、行きと同じくあっという間に外に抜け出て、ガーネットの姿を確認したロッティは、二人を『浮かばせた』ままガーネットの下へ駆けつけた。
「子供の方を頼む」
急いだロッティは最低限の言葉だけ交わして、さっさとガーネットの背中に子供を『運んだ』。ガーネットもこの洞穴の先で起きた出来事を理解したようで、子供を背負うと、そのまま元居た小屋に向かって行った。ロッティも、もう片方の遺体をどうするか躊躇いながらも、結局そのまま連れて帰ることにし、能力を使って運びながらガーネットに置いてかれないように走った。
小屋に辿り着くと、どっと疲れが降ってきたように肩が重く感じられ、ロッティはその場に腰を下ろした。遺体もその傍らにそっと置き、どうするべきかと悩んだ。おそらく背中から斬られたのだろう、肩に入っている傷と、真っ赤に染まる背広がその傷の深さを物語っていた。それでも穏やかな表情を浮かべて眠ったように目を瞑っているのが、せめてもの慰めだった。ロッティが遺体のことを冷えきった頭で分析していると、ガーネットがロッティの下へ戻って来た。子供の方はもう小屋に戻したようで、耳をすませば小屋の方から子供の騒ぐ声が聞こえてきた。
「ロッティ、その人は……」
ガーネットの消え入るような質問に、ロッティも静かに応えた。
「アランって探偵の人だ。よく、『ルミエール』に同行してくれていた……」
それっきりガーネットは何も尋ねてこなかった。唐突な身近な死に、ロッティは途方に暮れていた。このことをハルトたちは知っているのだろうか。何も知らなかった場合、ハルトたちや、ジルに、なんて伝えれば良いのだろうか。そして、どうしてアランは死ぬことになってしまったのだろうか。そんな考えが頭の中で渦を巻き、激しい頭痛となってロッティを襲った。つーんと鼻が痒くなったような気がするが、いくら掻いてもその痒みはなくならなかった。
「埋葬……してあげよう」
ガーネットが同情するような寂しい声で、そっと囁いた。ロッティも黙って頷いて、その後ガーネットと二人で小屋の傍らにアランの身体を地中深くに埋葬した。ことを終えても、そのまま小屋に戻る気になれず、ロッティは重苦しい空気を意識しながらアランを埋め、すでに雪が積もりつつある地面をじっと見つめていた。
ガーネットがそっとロッティに上着を返し、肩を叩いてある方向を指差した。ロッティもガーネットの仕草にそちらの方を見てみると、人影がこっちに向かってきているのが分かった。その人影はやがて輪郭がはっきりしていき、イグナーツとなって小屋に戻ってきた。ただでさえ重かった空気が、さらにずしりと重みを増したような気がした。
「さっきのことに関しては素直に礼を言おう。ありがとう。だがなロッティ、どうしてあの洞窟に現れた。ガーネットの予知夢ではまだ『ルミエール』と顔を合わせるわけにはいかなかったんじゃないのか」
そのイグナーツの問いかけに、ロッティではなくガーネットが前に出た。ロッティの上着を返したことで露出する肌が、いやに寒そうに痛々しく赤くなっていた。
「おそらくブルーメル……あるミスティカ族が死ぬかどうかの分かれ目のとき、死ぬことを選んだことで何か変化が起きたの。あの子を危険な目に遭わせて、ごめんなさい」
「……それで最近になって、何者かにあそこに子供が連れ去られる夢を見るようになったってことか」
幻獣族であるイグナーツは、流石にミスティカ族など他の種族のことを知るだけでなく実際に交流がかつてあっただけに、理解が早く、ガーネットの説明に納得すると不愉快そうに小さく舌打ちした。
「これもリベルハイトの奴らの仕業か」
「……少なくとも、予知夢の運命を変えられるのは同じ予知夢を知る人間だけね」
イグナーツはふんと鼻を鳴らし、大袈裟な足取りで小屋へと戻っていった。ガーネットも、ロッティの方をちらちらと見ながらも、寒そうに自分の身を抱きながら小屋へと戻っていった。ロッティはその場で座り込んで、いつの間にかすっかり雪の積もった地面を見つめていた。大石を立てたことで何とかアランの墓だと分かるその場所は、もちろんアランにとって所縁のない場所であるはずだった。ロッティは、自分の手をゆっくり見つめた。あれだけ深くにアランを埋めたにもかかわらず、ほとんど土汚れもなく、綺麗な手をしており、それがとても不名誉で汚らしいものの証に見えて仕方なかった。重く沈んだ心は、ロッティの足を捉えて離さず、しばらく小屋にも戻らずその場に座り続けながら、アランが『ルミエール』に関わった日々のことを思い返していた。
☆
無我夢中で駆け抜け、視界にうっすらと街が映り始めたところで、ハルトはようやく我に返った。一度気を緩めると、途端に疲労が襲ってきて、膝から崩れ落ちそうになるのを、何とか手をついて免れる。ハルト以外のメンバーも息をぜえぜえと切らしながら立ち止まっていた。
ジルが息を切らしながらも、その息を整えるのもままならない状態でアベルの肩を強く掴んだ。苦悶に満ちたその表情には、明らかに苦しげな葛藤が滲み出ていた。ハルトは、そんな表情のジルを見たことがなかった。
「ごめん、ありがとう……」
「……無理して言わなくて良い」
アベルはジルの手を振り払うように肩を動かし、その場で座り込んだ。宛て先の失ったジルの手は空中を虚しく漂った後、ぎゅっと握りしめ拳を雪に叩きつけた。
「あー……罠、置いてきちまった、けど……これからどうするよ」
重苦しい空気が漂う中、遠慮がちにルイが口を開いた。流石にそれだけで空気が和らぐことはなかったが、一度質問が出たことでその答えを考える時間ができ、それによっていくらか話しやすい流れが生じた。
「正直、あの洞窟を揺らしていたのが例の魔物だってんなら……少なくともこんな雪が降る状況じゃこっちが不利だ」
「というか無理だろ! 規模が違いすぎるってー」
歯切れ悪くアベルがそう答えるのもお構いなしに、ルイが情けない声を上げていた。ハルトも、よほど運に恵まれなければ洞窟全体を揺らしてくるほどの魔物には到底敵わないだろう、というのが正直な感想だった。そうかなーと少し暢気そうにぼやくアベルにルイが断固反対していた。他の者はどう考えているのかと目をやってみても、ジルは放心したように虚ろな瞳のまま座り込んでおり、クレールもブラウも一人で黙ったままじっと考え込んでいるようだった。