第7話
文字数 3,200文字
クレールがジルが本を眺めているのをじっと見つめながら頷き、指を二本立てた。
「やっぱりいきなり目当ての人たちを探すためには、俺たちには情報が少なすぎる。だからまずは二手に別れて、訊いて回る以外にも、図書館や資料館にて情報を集めるグループを作ろう」
頭を悩ませていた皆は、クレールのその意見に賛成し、訊いて回るグループにハルト、ルイ、ジルが、図書館や資料館にて調べ事をするグループにはブラウ、アベル、クレールがそれぞれ割り当てられることとなった。
「あまり危ない質問はしないように見張っとくよ……特にハルト」
「分かってるって!」
「よし、それじゃあ行くぞ、皆!」
ブラウの宣言に皆はめいめいに反応した。大体が頭を使って疲れた様子であったのに対して、ジルだけが妙にやる気に満ちた力強い表情をしていた。
図書館に至るまでは同行した方が良いだろうというクレールの判断の下、『ルミエール』は一緒に図書館にまで向かっていた。行き交う人は多く、これでは確かにブラウの書物を狙っている連中の判別がつきにくいなとハルトは用心する。すれ違ったり追い越して行ったりする人に注意を払っていると、向かいからシルヴァンが一人でこちらに向かってくるのが見えた。他の『シャイン』のメンバーはどこだろうと視線を動かすと、少し離れたところでシルヴァンの背中を見送っているメンバーたちの姿が確認できた。シリウスでも同じような状況があったなとハルトは暢気にそのときのことを思い出していたが、そのときの光景とぴったり重ねようとして何か違和感があるのに気がついた。
「あれ、あの中にシャルロッテ様がいねえじゃねえか」
ルイもその違和感に気づいたようで、ハルトに顔を寄せてそっと耳打ちしたことで、ハルトもそのことに気がついた。
シルヴァンはそのままブラウのところにまっすぐやって来る。シルヴァンの表情は真剣そのもので、シルヴァンの気迫と緊張感が伝わってきた。
「おいブラウ。一つだけ忠告させてくれ」
シルヴァンはあえてブラウの方を見ずに視線を明後日の方に向けていたが、それでも真剣な声音にブラウも真面目な顔になる。その二人の間にあっという間に出来た緊張した空気に、『シャイン』のメンバーも『ルミエール』の皆も、固唾を呑んで見守っていた。
「うちのところのシャルロッテには気をつけろ」
シルヴァンは短くそれだけ告げると、顎をしゃくってブラウに行くように促してきた。シャルロッテに気をつけろ。その内容がハルトは初めはよく理解できなかったが、シルヴァンのとても冗談を言っているようには見えない険しい顔つきにようやくその意味を悟って、一気に心が重くなった。しかし、それに動じた様子がブラウにはあまりなく、自身の方こそ何かを躊躇うように口を開きかけては閉じるのを繰り返していた。その様子にシルヴァンも不審がり、早く言えと訴えかけるようにその目つきを鋭くさせた。
「俺からも、一つだけ言っておかなくてはいけないことがある……」
「……? なら早く言え、他の奴に怪しまれるぞ」
「……カインに気をつけろ。奴はもう、俺たちの敵だ」
ブラウは、シルヴァンと同じような話し振りでカインのことを忠告した。そのことは『ルミエール』の皆も知っていることであり、何故ブラウが今更それを言うのを躊躇っていたのかが分からなかった。しかし、それを聞いたシルヴァンの反応を見てすぐに合点がいった。常に冷静沈着そうでクレールと似たタイプだと勝手に認識していたシルヴァンは、信じられないというように目を見開き、動揺したように瞳を揺らせながらブラウを盗み見る形で睨んでいた。
「それは……本当のことか」
「二度は言わん。それに、こんな嘘を俺がつくわけがないだろ」
「そうか……分かった」
そう答えると、シルヴァンは『シャイン』のメンバーに振り返り、来ても良いという風に手を仰いだ。彼らの中でその指示はそういう意味だと決まっていたのか、じっと見守っていた『シャイン』のメンバーは動き出して、そのままブラウたちとすれ違った。ハルトは思わずシルヴァンの背中を目で追いかける。シルヴァンの足取りはよろめいたり何か異変があったわけではなかったが、その背中はどこか寂しい雰囲気を漂わせていた。
そのまま『ルミエール』は図書館に到着した。帝都の図書館は下手な宿屋よりも大きな建物で、内蔵している本はあらゆるジャンルを擁しており、世界中の学者から生活のあれこれについて悩める主婦、次の目的地を検索する冒険家など、幅広い人が頼りにしていた。生活を支えているだけに留まらず、世界中の知恵と知識が集結した場所となっていた。
「それじゃあ、俺たちは色々調べてみる。そっちの情報収集は任せたぞ」
「ジル、俺に似ちまったバカ二人の面倒は任せたぞ」
「ジルもアベルがいないから多少楽だってさ、いででっ!」
減らず口を叩くルイの頭のてっぺんにアベルの拳がめり込んでいた。ジルも暢気にふふっと笑いながら二人を諫めて、ハルトたちはブラウたちが図書館に入っていくのを見届けた。
「それじゃあ、僕たちも行こうか」
ジルの優しい口調に、ハルトたちも落ち着いた心で情報収集に当たろうと思えた。しかし、張り切ったように都心部へ向かうジルの背中を見つめていると、唐突にアランの遺体を抱きかかえようとしたジルの取り乱した姿がちらついた。
人の通りが多くなった十字路の道の中心で、ハルトたちは人の邪魔にならないように建物に寄り添って集まっていた。
「さて……まあ、簡単に言えば僕らは適当に街を見て来いってことだよね。どうしようか」
困ったような口振りなものの、ジルはまったく焦っていない様子で腕を組んで人の通りをぼんやりと眺めていた。クレールに負けず劣らず頭の回転が早いジルなら図書館での調べごともスムーズに捗るだろうと考えていたし、何よりジルは熱心にブラウの持っている本を読もうとしていたことから、ハルトは二重の意味で自分たちと一緒のグループで良かったのかと懸念があったが、ジルがいること自体は頼りになることだったので、あまり深くは考えないようにした。
「はいはーい! 酒場とか良いと思いまーす!」
魂胆が見え見えのルイの意見に、ハルトは完全に呆れ、ジルも困ったように笑っていた。ハルトより一足早く成人したルイは、新しい街に訪れるとすぐに酒場に行こうと提案し、片っ端から女の子と酒を飲み明かそうと目論んできたことを『ルミエール』の皆は十分に知っていた。
「ルイは分かりやすいね……まあでも、実際確かに色んな人が集まるだろうし、最初の情報収集としては無難だね。僕も久しぶりに飲みたいし」
ジルが優しく笑いながらルイの意見を採用すると、ルイは分かりやすいほど嬉しそうな悲鳴を上げて、早速酒場の方へ向かった。ハルトとジルもその後をゆっくりと追った。
帝都ほどの大きな都にもなると、酒場がいくつもあり、ハルトはどこに向かっているのだろうかと思いながらルイの背中を追いかけていると、帝都の中でもそれなりに大きく、かつ貴族区域の近くの酒場『琥珀園』にやって来た。『琥珀園』は他の酒場よりも値段の張った良い酒を提供している酒場であり、貴族区域の近くだけあって貴族や城の人間なども訪れることがあるという。確かにそういう場所であるならば、より確かな情報が手に入るとともに、ブラウの本を狙っている連中も来づらい場所であるとハルトも感じた。二言目にはすぐに女の子のことを口にするふざけたルイではあるが、それなりに今回の目的のことを配慮しているのだと分かりハルトは感心していた。
「よし、それじゃあいざ戦場に!」
ルイが大袈裟にそう宣言して酒場の扉を開けた。さっきまでの感心も冷めそうになりハルトは恥ずかしい想いでルイの後に続いた。