第25話
文字数 3,669文字
ルイだけが冷静に分析するようにセリアのことを見つめ、やがて星空を見上げた。ルイは昔から皆のことを一歩引いた視点から見て気遣っていて、意外にも冷静な人物であることをロッティは知っていた。
「復讐、ねえ……そういや、ジルもそうかもしれねえなあ」
「ジルが?」
「ジル?」
寂しそうに呟くルイの言葉にロッティとハルトの声が重なった。ルイは冷静な目つきでロッティたちの方を向いた。
「ああ、ジルは、セリアを人質にしてきた奴がジルベールって人を殺した人間だって宣言したら、凄い剣幕で飛び掛かってったんだ。ハルトが初めに気づいて、俺も最近ジルの様子が変だなって思ったから注意してたんだが……ちょっと注意が足りてなかったな」
ルイは何でもないようにへへっと笑いながら自分の足を叩いた。ごまかそうとも、辛そうにもしていない、本当に参ったように笑うルイのことを、ロッティは感心しながら見つめていた。それだけに動かぬ足が際立って痛ましく見えた。
ジルはロッティと同じように無口であまり積極的に話そうとはしないタイプではあったが、それでも皆が盛り上がっている様子をいつも、ロッティは羨ましさがときどき先行してしまっていたのに対して、ジルはいつも愉しそうに眺めていたのをロッティはよく憶えていた。隣によく並んでそうしていたことからロッティもジルとはよく話していたが、穏やかで、案外ハルトやブラウと同じように人好きな部分が多かったように思える。ハルトもルイの言葉に悲しそうにしながらも戸惑った様子であった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあジルも復讐したいって思ってるってことなのか?」
「ああ、多分な。それに、最初アランと一緒に探偵稼業をしていたってのもなーんか不思議だと思ってたが、あれももしかしたら自分の両親の仇……なんてものを探してたのかもな」
「……いや、そこは普通に両親を探してた、とかじゃないのか?」
ハルトの疑問に、ルイは肩を竦めるばかりだった。
「まあどっちでも良いでしょーが、そこは。だから、今回の話でまたこの先暴走しないようにハルト、頼んだぞ」
「おう! って、あれ、ルイはどうするんだよ……?」
「俺か? へへっ、俺はな……」
ルイは途端に言い淀みながら、再び動かぬ足を擦った。その足を無表情でルイは見つめていた。尋ねたハルトも言葉を失っていた。しかし、そんなハルトを見て、ルイはぽかんとしながらも、一瞬表情を曇らせたかと思うと、すうっと息を吸い込んで微笑んだ。その瞳には、一切の揺らぎがなかった。
「俺はな、この足どうにかしてみようと思うわ。シリウスあたりにでも行けば、義足とか付けてくれるんじゃねえかな」
「え、おい、それじゃあよ。それじゃあ、ルイは……」
「ああ、俺も一度『ルミエール』を離れるわ」
ルイの口調はあくまでも明るかった。普段よりも一層静かな明るさと変わらず揺らがぬ瞳の輝きは、覚悟の深さを物語っているように思え、ロッティはそんなルイの決意を尊重したかった。セリアは呆気にとられたようにルイを見つめ、ハルトはいっそう慌てた様子で手を動かしたり、視線があっちこっち行ったりしていた。そんな二人を困ったようにルイが見つめていたので、ロッティは助け舟を出すことにした。
「ルイ、元気でやれよ」
「ロッティ……ああ、サンキュー。なんなら俺と一緒のタイミングで『ルミエール』に戻るか」
「それは……良いな、そうしよう」
ルイもそこで安心したように笑った。ロッティも、ルイの提案に本気で乗ろうかと考えた。そして、そのためにもロッティは自分のすべきことに取り組もうと思えた。納得いってなさそうに混乱したハルトに、「ほ~」と感心したような声を漏らすセリア、そして宥めるように笑うルイを見ていて、ロッティの心もどこか軽くなった。初めこうして集まったときの緊張しきったような空気感はすっかり優しく解けており、それに呼応するかのように心が落ち着けられていた。
「会って話が出来て良かったよ」
ロッティは素直にそう感想を漏らした。それにいち早く反応したのはセリアだった。
「私も……ロッティ、ありがとう」
そう言って微笑むセリアの笑顔はどこかぎこちなかったが、ロッティもその変化を気にしないことにした。
「なあロッティ、ロッティはいつ戻ってくるんだよ」
ハルトの後ろでルイが「子供かよ」と呆れたようにぼやいていた。ロッティはなるべく真剣な顔を作って、ハルトと向き合い、それからルイ、セリアにも視線を向けた。
「俺は……まだ戻らない」
その言葉に抗議しそうになるハルトをルイが制止してくれた。ロッティはゆっくり考えて、どうすれば気持ちが一番伝わるかを考え、言葉を紡いだ。
「俺にはまだ、やるべきことがある……それは俺がこの世界で生きていたいと思うためにも必要なことで、同時に俺が皆に生きていて欲しいと思ってやることでもあるんだ。だからそれが終わるまでは、俺はまだ帰れない」
どれだけ言葉を重ねても、ロッティは自分が旅をしている理由、自分が何故ガーネットに着いて旅をしているのか、その気持ちを伝え切ることは出来ないと感じた。それでも、ロッティはその切なる想いを何とかして伝えようとした。その気持ちの一部でも伝わったのか、ハルトたちはそれぞれ反応は違えど、納得した様子だった。
再び皆で星空を見上げた。それから、他愛もない話をした。ルイは相変わらずセリアとお近づきになろうとしており、セリアも笑いながら拒否し、ハルトがルイを馬鹿にした。ルイにヤケクソ気味に話を振られ、ロッティも適当に相槌を打つ。束の間の休息を噛みしめるように、皆で星空を見上げながら、世界の事情も忘れて静かにはしゃいだ。
どれだけの時間が経っただろうか。大分夜も更けり、皆を送り届けてからロッティが仮住まいの家に帰る道は、すっかり暗く、人の気配も感じられぬほど静かであった。今までの街と違って、この仮住まいの家周辺には店も職を手にしている人もおらず、また平原とを隔てる大きな壁があるために虫の音も聞こえてこず、自分の足音だけがひっそりと静まり返った道に響いて、ひどく不気味だった。
何事もなく帰ると、ガーネットが居間で小さな灯りを点けて本を読んでいた。
「起きてたのか」
ロッティの驚いた声に、ガーネットはゆっくりと頭をもたげた。胡乱な瞳はロッティのことを正確に捉えられているかと疑問に感じるほど頼りなく、両手に持つ本もゆらゆら揺れていた。
「先に寝てても良かったのに」
「…………遅い」
「いや、だから悪かったって……」
ガーネットが何故起きていたのかも、怒っているのかどうかも分からずロッティはその場でたじろいだ。その間にガーネットはゆっくりと立ち上がり、ふらふらとした足取りで自分の部屋に戻っていこうとした。しかし、扉を開ける直前に、思い出したようにすっとこちらを振り返った。相変わらず感情の読めない顔をしていたが、眠そうにしている割にはその視線はまっすぐロッティに向けられていた。
「お友達と話して、どうだったの?」
案外優しい口調でガーネットに尋ねられた。
「とりあえず今はまだ戻れないことは話したけど……でも、会って良かったよ」
「そう……それなら、良かったよ」
ガーネットは最後に「おやすみ」とだけ言い残して今度こそ自分の部屋に入っていった。ロッティはその扉を静かに見つめていた。
ロッティには、ハルトやルイ、『ルミエール』の皆に、奇跡的に生きてたセリアもいた。ニコラスには、シルヴァンがいた。ブルーメルには、フルールがいた。それでは、ガーネットには誰がいるのだろうか。この仮住まいの家を貸してくれた人はどうかと考えたが、その人の博愛精神に満ちた性格を鑑みるにそれも微妙な気がした。そこまで考えて、ロッティはガーネットには誰もいないのではないかと思い至った。ガーネットの孤独を、改めて認識したような気がした。
「ガーネット……その恐ろしい未来ってやつを乗り越えて、生きよう」
ロッティはそう独り言ちた。自分に言い聞かせているようであり、扉の奥にいるガーネットにも聞こえていて欲しいとロッティは思った。ガーネットの部屋へと通じる静かな扉をじっと見つめながら、ロッティも自分の部屋へと戻っていった。携帯用の灯りを点けて、世界から切り離されたかのように静かな空間で、ロッティは黙々とハルトたちに出会ってからの出来事をまとめて日記につけていた。