第7話
文字数 2,641文字
グランは、遠い記憶を遡ってミスティカ族について思い出していた。ミスティカ族は自身と同じ大陸の種族であり、アリスたち人間と比較して遥かに長い寿命や性能の良い耳を具え、感情や思考を読み取る能力、予知夢といった能力を有しており、それらの特徴は自分たち幻獣族と同じようにガイアの人間に激しく嫌悪されることになったものであった。それ故、自分たちと同じようにかつて大陸に渡ってきたミスティカ族はほとんどが滅ぼされてきた。
「私はそんな大昔にやってきたミスティカ族じゃない。私は百年ほど前に、あの大陸に未曽有の大災害が起こる未来を予知した母親によって、命懸けでこの大陸に来ることになった。きっと今頃はその大災害で多くの種族がその命を落としているでしょうね」
ガーネットはたまに口を開いたかと思えば、そんな話を淡々としてきた。共通の話題などそれぐらいしかないのはグランも承知しているが、それでも物騒な話しかできないのかとグランは余計にガーネットを煙たがった。
「貴方ももう接触しているかもしれないけど……この大陸でわずかに生き残った者たちや、その血を薄く引く者、貴方たちのような存在に惹かれる者たちに、今新しくあの大陸からやって来た種族たちが合流しているの。私たちの予知夢は、見える未来の遠さが人によってばらばらだから、きっと私よりも早くにやって来たミスティカ族もいたと思う」
そういう物騒な話は、決まってアリスもバニラもいないときであった。その徹底振りから、決して嘘をついているわけではないと確信した。
「そのミスティカ族によって、転生時期のばらばらだった幻獣族が集まりつつある……ちょうど、最後に転生してくる貴方に合わせるようにね。世界はもうすぐ、誰が得するのか分からない……いいえ、誰も得することのない、悲惨な未来を迎えるの」
ガーネットはグランを責めるでも監視するでもない、やはり無感情な瞳で壁をじっと見つめながら、淡々と本を読み上げるようにこの世界の未来について説明してみせた。
グランは、かつてグランのことをぶっきらぼうに勧誘してきた男の話を思い出していた。あの男の言っていた『世界を変える』ということの意味がようやく分かったのと同時に、その口振りからしてすでにあの男の下に合流しているミスティカ族がいることが予想された。
そこまで言うと、ガーネットは一息ついて紅茶に口をつける。ガーネットは紅茶をよく好んで飲んでおり、そのことをアリスが知ると早速紅茶を淹れる練習をし始めた。今はまだガーネットの方が淹れるのが上手であった。
「お前はどうするんだよ。お前も俺を勧誘するってか? 悪いが俺は」
「大丈夫。貴方はあの娘のことを見てあげて」
グランは吹き出しそうになるのを必死に堪えた。心臓を鷲摑みされたような感覚に動悸が激しくなったが、当のガーネットも少し戸惑ったように手を無意味に動かす。ミスティカ族の能力で見透かされていると気がつき、グランは何とか落ち着けようと深呼吸を繰り返しているうちに、ガーネットもやがて表情から感情を消していった。
「とにかく、貴方はアリスのことを見てあげて。私はこれからやることがあるから」
ガーネットは丁寧にグランの分のコップもまとめて台所に片づけてそれらを洗う。その後、居候しているうちに成り行きで決まった自分の部屋へと戻っていった。
ガーネットの消えていった部屋の方を見ていると、小屋の扉の開く音が聞こえた。
「おはよ! グランに……あれ、ガーネットは?」
アリスがきょろきょろと部屋の中を見渡しながら入ってきた。続いてバニラが入って来て扉を閉める。
声が聞こえていたのか、ガーネットは呼ばれた声に返事をするようにすぐ部屋から出てきた。何をしに部屋に戻ったのか疑問に思うほど戻る前と比べて変化した部分がなかった。強いて挙げるとすれば、懐の部分で少し服が盛り上がっているような気がした。
「おかえり、アリス」
「うん、ただいま!」
ガーネットがぎこちない笑みでアリスを迎えるとアリスも嬉しそうに微笑んだ。アリスは早速台所に向かい「あー紅茶良いなー。ガーネットのあんなに美味しい紅茶を先に飲んでたなんてグランずるいー」と何故か胡乱な目つきでグランを見てきた。グランはアリスを無視しながらこれ見よがしに紅茶を啜った。
「ごめんなさいアリス。実は私、ある人を出迎えてしばらく旅に出なくてはいけなくなったの」
「えー!」
アリスは心底残念そうに落胆するが、グランとしてもそのことは初耳で少なからず驚いた。唯一バニラだけは全く動じておらず、ガーネットと一度だけ目が合った。アリスはガーネットの傍まで駆け寄って、躊躇うように手を伸ばしては引っ込めてと、そわそわしていた。その落ち着かない動作にガーネットもアリスがどうしたいのかを悟ったのか、優しく抱擁した。
「三年ぐらい戻ってこられないかもしれないけど、絶対戻ってくるから。安心して」
「長いなあ。でも、ガーネットが言うならきっと絶対戻ってくるんだよね。分かった」
一度だけぎゅっとアリスはガーネットを抱きしめた。一瞬だけ驚いたような顔をしたガーネットも同じように抱き返した。それからしばらくして、アリスはそっと離れて、グランの真向かいに座って紅茶を飲み始めた。
ガーネットは一度だけグランたちの顔を一瞥してから、何の感情もなく小屋の扉を開けて静かに出ていった。結局自分の敵か味方か教えてくれなかったなとグランは思ったが、同居しているグランですら別れに何の感慨も湧かないにもかかわらず、目の前に座るアリスが少ししょんぼりした顔で紅茶の液面を見つめていることから、答えは明白であった。グランがしょんぼり顔のアリスの頭を乱暴に撫でると、アリスはくすぐったそうに笑った。
その数日後、ガーネットとロッティは出会い、リュウセイ鳥の伝説を巡る旅路に出た。