第4話
文字数 3,106文字
「はーい、皆! 今日は集まってくれてありがとうね。この会を企画した、シャルロッテ・リーベです」
シャルロッテと名乗ったその女性は透き通る声でそう言って丁寧に頭を下げた。その後子供たちをざっと再び見渡して、時計の横に手を伸ばした。建物に入って来てから気がつかなかったが、よく見ると時計の横には紐が輪になって垂れ下がっており、シャルロッテがその紐を下に引っ張ると、部屋全体が揺れるような振動が足元から伝わり、軋む音を交えながら、ちょうどシャルロッテが紐を引っ張ったすぐ横から階段が降りてきた。部屋の雰囲気にはそぐわないゴシックな感じで、きらりと光を反射していた。
「今日は、いくつかお話を紹介します。初めのお話はちょっと難しくて悲しいけれど、とっても面白いお話となっています。それでは皆、二階に上がりましょうか」
シャルロッテは早速階段に足をかけ、階段の丈夫さを確かめるように足をぐいっと押し込んでから登っていった。シャルロッテの言葉に従って、時計台の近くにいた子供たちが順について行き、ロッティたちもそれに倣った。
二階は一階と違って内装が整えられていた。階段の感じにマッチした厳かな雰囲気で、部屋の中央に赤いカーペットが敷かれており、よほど子供が集まると思っていたのか、今日来た子供の人数分よりも多くの椅子が並べられているように見えた。シャルロッテは子供たちに座るように促し、自身は椅子の向く先に立って鞄から紙束やら何やらを取り出している。ロッティは後ろの方に座ろうとしたが、セリアに手を掴まれ、ニコっと微笑まれたかと思うとそのまま手を引かれて子供たちに紛れるように少し前の方に座ることになった。
シャルロッテは取り出した紙束を近くに座った子供に渡して皆に回すように指示した。やがてロッティも受け取り、隣に座るセリアに手渡す。
「皆この紙は持ったかな? じゃあ、私はちょっと準備をするからそのうちにそれを見といてね!」
たった今配られたものと同じ紙をばさばさと振りながらそう言うと、シャルロッテはそれらをしまい、今度は長さが切り揃えられている木片を何本か取り出していた。ロッティはシャルロッテが何をしているのか気にかけながらも、隣に座るセリアたちと同じように配られた紙に視線を落とした。そこには大きく、『伝説の言い伝え、リュウセイ鳥の神秘と悲しい事件』とふりがな付きで書かれていて、下にそれについての軽い説明が書かれていた。手書きなのか、その字はチラシに書かれていた物と同じように丸っこく可愛らしい字だった。
「リュウセイちょう……ってなにかな?」
「さあ。聞いたことないよ」
隣に座っていたセリアとブルーノを初め、子供たちはざわざわし始めた。紙に書かれた説明によると、長い人類の歴史の中でも遥か遠く昔の出来事のようで、その伝説は今に至るまで伝わっている、というものであったが、ロッティも聞き馴染みがなかった。
しばらくして、シャルロッテは先ほどから鞄から取り出していた木片を上手く組み立てて小さなテーブルを完成させており、その上に大きな紙の束をどんと音を立てて乗せた。ロッティたちに見せるように立てられた紙にも、『伝説の言い伝え、リュウセイ鳥の神秘と悲しい事件』と大きく書かれていた。
「はーい皆さん注目! 今から、皆で本を読んでみようの会を始めます。とは言っても、私がむずかし~い本から見つけた話を簡単にして、それを聞いてもらうっていうだけだから、皆はリラックスして聞いてね。絵も私が書いたから分かりやすくなってると思うよ! それではまず一つ目のお話から」
シャルロッテは上機嫌で愛想笑いを蒔いているが、その肝心の一つ目のお話は、添えてある軽い説明を読んだ印象ではその高いテンションとは程遠い悲しいストーリーである。他の子供たちも同様のことを感じたのか、困惑したようにざわついていた。
「はい、じゃあ皆さん、静かにしててね。伝説の言い伝え、リュウセイ鳥の神秘と悲しい事件、始まり始まり~」
シャルロッテは笑みを崩さずにひと際声を高くさせて張り上げた。その後も子供たちはわずかに囁き合っていたが、シャルロッテはすっと紙束の裏側に視線を移した。そこに何が書かれているかは分からないが、それを見つめるシャルロッテの表情を見て、ロッティはシャルロッテが実は緊張しているのではないかと感じた。
「むかーしむかし、気が遠くなるほど昔のこと、ある男性F君は、妻の病気を治すために妻をおじいさんのところに託して薬を求める旅に出ました。しかし、なかなか病気を治す薬は見つかりません。それもそのはずです。何故なら、何人もの医者に病気を治してくださいと頼んでも、どの医者も首を横に振るばかりだったからです。つまり、当時見つかっている薬や治療法では治せないことがほぼ分かっているのです。といっても当時の医者の技術や薬の知識はたかが知れていましたので今では問題なく治るようなものでした。F君はもちろん諦めきれませんでした。何故なら本気で妻のことを愛していたからです。ある日、F君は覚悟を決めました。それは、未だ誰も踏み入れたことのない土地、未踏の大陸に行くことでした。このことを決断したのは、旅を始めて一年後のことでした」
シャルロッテは紙を器用にスライドさせながら丁寧に話していった。
「未踏の大陸は、今まで何人もの人が冒険しようとしては失敗している場所でした。その未踏の大陸には、見たこともない種類の植物や動物が棲息されているとされ、冒険家たちにとってはこれ以上ない魅力溢れる場所だったのです。F君は入念に準備をしました。すべては愛する妻のためです。そうと決めたF君は瞬く間に準備を万全に済ませ未踏の大陸に向かいました。船旅は順調で、F君は何とか無事に辿り着けました。そんなF君がその大陸でまず初めに見たものは、今まで見たどの建築物よりも遙かに背の高い木々と、大人ほどの高さもある草が伸びる草原でした。F君はすぐに、一筋縄ではいかない冒険になるだろうと分かりました。そしてF君は、この異様な大陸にならきっと妻の病を治す術も見つかるだろうと、期待に胸を膨らませました」
子供たちはすでに集中力が切れたのか、興味を失ったように退屈そうに聞いており、隣に座るセリアも何回か欠伸を掻いていた。しかし、ロッティは少しだけその話の先が気になり始め、シャルロッテの話に意識を集中させていた。
ふとそのとき、紙束の裏側を見つめて話すシャルロッテも笑みを浮かべていた。先ほどまで蒔いていた愛想笑いとは異なるその笑みこそが、本来のシャルロッテが見せる笑みなのだとロッティには思えた。