第4話

文字数 3,106文字

 がやがやと思い思いに話していた子供たちが音の鳴った方を振り向くと、いつからそこにいたのか、時計台の前に背の高い女性が、人懐っこそうな笑みを浮かべながら丈夫そうな革製の鞄を手にして立っていた。腰まで伸びた青みがかった黒髪を押さえながら、アーモンド形の瞳で子供たちをざっと見渡していた。白色の無地のシャツにいくつもポケットのついている紺色のジャケット、下は黒色のジーンズに赤いスニーカーと、セリアの方がまだ女性らしい服装と呼べるほどシンプルな服装をしていた。そんな野暮ったい服装に反して、端整な顔立ちが際立ち、ジャケットに隠れている滑らかな身体の曲線美がその女性の美しさを物語っていた。ロッティの隣ではセリアとブルーノが惚けたように口を開けており、他の子供たちも皆一様にその女性に目を奪われていた。しかし、ロッティは何故だかその女性の笑みが不気味に感じられ、背筋にぞくっと悪寒が走った。
「はーい、皆! 今日は集まってくれてありがとうね。この会を企画した、シャルロッテ・リーベです」
 シャルロッテと名乗ったその女性は透き通る声でそう言って丁寧に頭を下げた。その後子供たちをざっと再び見渡して、時計の横に手を伸ばした。建物に入って来てから気がつかなかったが、よく見ると時計の横には紐が輪になって垂れ下がっており、シャルロッテがその紐を下に引っ張ると、部屋全体が揺れるような振動が足元から伝わり、軋む音を交えながら、ちょうどシャルロッテが紐を引っ張ったすぐ横から階段が降りてきた。部屋の雰囲気にはそぐわないゴシックな感じで、きらりと光を反射していた。
「今日は、いくつかお話を紹介します。初めのお話はちょっと難しくて悲しいけれど、とっても面白いお話となっています。それでは皆、二階に上がりましょうか」
 シャルロッテは早速階段に足をかけ、階段の丈夫さを確かめるように足をぐいっと押し込んでから登っていった。シャルロッテの言葉に従って、時計台の近くにいた子供たちが順について行き、ロッティたちもそれに倣った。
 二階は一階と違って内装が整えられていた。階段の感じにマッチした厳かな雰囲気で、部屋の中央に赤いカーペットが敷かれており、よほど子供が集まると思っていたのか、今日来た子供の人数分よりも多くの椅子が並べられているように見えた。シャルロッテは子供たちに座るように促し、自身は椅子の向く先に立って鞄から紙束やら何やらを取り出している。ロッティは後ろの方に座ろうとしたが、セリアに手を掴まれ、ニコっと微笑まれたかと思うとそのまま手を引かれて子供たちに紛れるように少し前の方に座ることになった。
 シャルロッテは取り出した紙束を近くに座った子供に渡して皆に回すように指示した。やがてロッティも受け取り、隣に座るセリアに手渡す。
「皆この紙は持ったかな? じゃあ、私はちょっと準備をするからそのうちにそれを見といてね!」
 たった今配られたものと同じ紙をばさばさと振りながらそう言うと、シャルロッテはそれらをしまい、今度は長さが切り揃えられている木片を何本か取り出していた。ロッティはシャルロッテが何をしているのか気にかけながらも、隣に座るセリアたちと同じように配られた紙に視線を落とした。そこには大きく、『伝説の言い伝え、リュウセイ鳥の神秘と悲しい事件』とふりがな付きで書かれていて、下にそれについての軽い説明が書かれていた。手書きなのか、その字はチラシに書かれていた物と同じように丸っこく可愛らしい字だった。
「リュウセイちょう……ってなにかな?」
「さあ。聞いたことないよ」
 隣に座っていたセリアとブルーノを初め、子供たちはざわざわし始めた。紙に書かれた説明によると、長い人類の歴史の中でも遥か遠く昔の出来事のようで、その伝説は今に至るまで伝わっている、というものであったが、ロッティも聞き馴染みがなかった。
 しばらくして、シャルロッテは先ほどから鞄から取り出していた木片を上手く組み立てて小さなテーブルを完成させており、その上に大きな紙の束をどんと音を立てて乗せた。ロッティたちに見せるように立てられた紙にも、『伝説の言い伝え、リュウセイ鳥の神秘と悲しい事件』と大きく書かれていた。
「はーい皆さん注目! 今から、皆で本を読んでみようの会を始めます。とは言っても、私がむずかし~い本から見つけた話を簡単にして、それを聞いてもらうっていうだけだから、皆はリラックスして聞いてね。絵も私が書いたから分かりやすくなってると思うよ! それではまず一つ目のお話から」
 シャルロッテは上機嫌で愛想笑いを蒔いているが、その肝心の一つ目のお話は、添えてある軽い説明を読んだ印象ではその高いテンションとは程遠い悲しいストーリーである。他の子供たちも同様のことを感じたのか、困惑したようにざわついていた。
「はい、じゃあ皆さん、静かにしててね。伝説の言い伝え、リュウセイ鳥の神秘と悲しい事件、始まり始まり~」
 シャルロッテは笑みを崩さずにひと際声を高くさせて張り上げた。その後も子供たちはわずかに囁き合っていたが、シャルロッテはすっと紙束の裏側に視線を移した。そこに何が書かれているかは分からないが、それを見つめるシャルロッテの表情を見て、ロッティはシャルロッテが実は緊張しているのではないかと感じた。

「むかーしむかし、気が遠くなるほど昔のこと、ある男性F君は、妻の病気を治すために妻をおじいさんのところに託して薬を求める旅に出ました。しかし、なかなか病気を治す薬は見つかりません。それもそのはずです。何故なら、何人もの医者に病気を治してくださいと頼んでも、どの医者も首を横に振るばかりだったからです。つまり、当時見つかっている薬や治療法では治せないことがほぼ分かっているのです。といっても当時の医者の技術や薬の知識はたかが知れていましたので今では問題なく治るようなものでした。F君はもちろん諦めきれませんでした。何故なら本気で妻のことを愛していたからです。ある日、F君は覚悟を決めました。それは、未だ誰も踏み入れたことのない土地、未踏の大陸に行くことでした。このことを決断したのは、旅を始めて一年後のことでした」
 シャルロッテは紙を器用にスライドさせながら丁寧に話していった。
「未踏の大陸は、今まで何人もの人が冒険しようとしては失敗している場所でした。その未踏の大陸には、見たこともない種類の植物や動物が棲息されているとされ、冒険家たちにとってはこれ以上ない魅力溢れる場所だったのです。F君は入念に準備をしました。すべては愛する妻のためです。そうと決めたF君は瞬く間に準備を万全に済ませ未踏の大陸に向かいました。船旅は順調で、F君は何とか無事に辿り着けました。そんなF君がその大陸でまず初めに見たものは、今まで見たどの建築物よりも遙かに背の高い木々と、大人ほどの高さもある草が伸びる草原でした。F君はすぐに、一筋縄ではいかない冒険になるだろうと分かりました。そしてF君は、この異様な大陸にならきっと妻の病を治す術も見つかるだろうと、期待に胸を膨らませました」
 子供たちはすでに集中力が切れたのか、興味を失ったように退屈そうに聞いており、隣に座るセリアも何回か欠伸を掻いていた。しかし、ロッティは少しだけその話の先が気になり始め、シャルロッテの話に意識を集中させていた。
 ふとそのとき、紙束の裏側を見つめて話すシャルロッテも笑みを浮かべていた。先ほどまで蒔いていた愛想笑いとは異なるその笑みこそが、本来のシャルロッテが見せる笑みなのだとロッティには思えた。
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登場人物紹介

ロッティ

主人公。

孤児院→ある街の夫婦に引き取られる→街を出て冒険家団体『ルミエール』に拾われる→ガーネットと共に旅に出る。目で見たモノを、手も触れずに操る能力を持つ。

ガーネット

初対面であるロッティの名前と『ルミエール』の元メンバーであったことを知っていた不思議な女性。自称だが100歳を超えているという。

ハルト

ロッティとほぼ同じ時期に『ルミエール』に拾われる。ロッティの能力を知る。能天気で明るい性格。

ルイ

ロッティやハルトと同じように『ルミエール』に拾われる。女好きでお調子者な性格だが時折鋭い。

ブラウ・フォレッツ

『ルミエール』の団長。豪快で大胆な性格。

セリア

学び舎でロッティと仲良くしていた女の子。エルフ族であったブルーノと親友であった。

ピリス

ロッティを拾った孤児院の院長。ロッティが再び会いに行こうとしたら既に亡くなっていた。

シャルル

リュウセイ鳥の伝説のある街にて鉱山発掘に赴く記憶喪失の青年。

トム

リュウセイ鳥の伝説のある街にて鉱山発掘に熱心な少年。

フルール

機械都市シリウスのメイド的存在。委員会に所属するブルーメルの付き人。

ブルーメル

機械都市シリウスにおける委員会の一人。ガーネットに委員会に入るよう依頼する。

シャルロッテ

慈善団体『シャイン』の副団長。陽気な性格。

シルヴァン

慈善活動団体『シャイン』の団長。ぶっきらぼうな性格でブラウとは古くからの仲らしい。

クレール

冒険家団体『ルミエール』の頭脳担当にして、ブラウよりも古参のメンバー。

アベル

冒険家団体『ルミエール』の特攻隊。足りない頭脳は腕で補う、とのこと。

ジル

冒険家団体『ルミエール』のロッティよりも新参のメンバー。元々はアランと探偵稼業を行なっていた。

イグナーツ

フラネージュ近くの洞窟で『ルミエール』と出会った大柄な男。

ニコラス

シルヴァンと親しいという、軽い感じの男。ハルトを気に入る。

ヨハン・ジルベール

ロッティ、ガーネットたちと敵対する不思議な雰囲気の男。

アリス・ヴェイユ

帝都の次期皇女候補の第六娘。グランと心を通わせる。

グラン

幻獣族。アリスに与えられた家に住んでいる。

カイン・シャミナード

傭兵団体『シュヴァルツ』の団長。ブラウとシルヴァンとは小さい頃からの知り合い。

レオン

幻獣族。ステファニーと仲が良い。

ステファニー

レオンと仲が良いお淑やかな女性。アリスと仲良くなれて嬉しい。

バニラ

アリス・ヴェイユの付き人。物静かで目立とうとしない。

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