第28話
文字数 3,454文字
ブルーメルの話に、徐々に聴衆は再びざわつき始めた。何を考えているのかは分からないが、その話し方は却って不安を煽るような話し方だった。
「……先ほどの方の話で疲れている方もいらっしゃるかと思いますが、少しだけ私の個人的な話に付き合ってくれませんか」
聴衆はますますざわつくが、広場の皆を慈悲深く眺めるブルーメルは、打って変わってまるで女神のような神秘さを纏っていた。
「……実を言うと、私は昔から寂しがり屋でした。この世に自分の理解者なんていない、自分を癒してくれる存在なんていない、そんなことばかり考えて過ごしていました」
その語り口はまるで演説の始まりのようで、聴衆はにわかにしんと静まり返った。ロッティも、ブルーメルの語り口に自分の心が触れられたような感覚がしてはっと息を呑んだ。自分にも身に覚えのあるその言葉に、今まさにブルーメルが語ろうとしている内容は、まさに事前に用意してきた作り話でもなんでもなく、ブルーメル自身が今まで奥底に隠していたであろう心の声であると直感した。
「この寂しい世界でどのようにして生きていこうか。そんな現実を無理やり突き付けられ、毎日心が重かったです。流されるように生き、そして、流されるように様々な街を転々として生きてきました。そんなある日、この街に訪れたとき、私の人生を大きく動かすものに出会いました」
ブルーメルは皆の前に立っていることも忘れたかのように、空を見上げ、遠くの記憶を思い出して懐かしんでいるようだった。
「それは
ブルーメルはほとんど涙目のように瞳を潤ませながら、一人ひとりを確認するようにゆっくりと聴衆を見渡した。
「私が機械人形の開発に力を入れたのも、委員会の一員として街の発展に貢献してきたのも……先ほど私が話した、寂しがり屋だった、というのが動機でした。私は、そうすることで自分の寂しさを埋められると……それだけを、たったそれだけを目的にここまでやってきました。もちろん皆様をないがしろにしたつもりはありません。ですが、自分勝手で不純な動機で……皆様を付き合わせてしまったっことが、唯一ずっと私の心に引っかかっていました」
ロッティは、何となくフルールを見た。この街に初めて訪れたブルーメルが衝撃を受けた者は、間違いなくフルールのことだろうとロッティは確信した。それから、走馬灯のようにガーネットとの会話やブルーメルとの時間が駆け巡り、それらが今ブルーメルが告白している内容と混ぜ合わさり、今まで像を結ばなかった点と点がつながったような感じがして、妙に腑に落ちていた。
言葉の詰まったブルーメルに対して、聴衆のあちらこちらで励ますような声が飛んでいる。ブルーメルはそれを受け取るように頷きながら、語り続けた。
「皆様が気にしていないというのなら、それは嬉しい限りです。ですが、私がここまでやってきた結果……それは良くない未来を招くことにある日気がつきました。私は、迷いました。信頼できる者と幾日も議論を重ねて、そして……ある結論を持って、今に至ります」
話の雲行きが段々未知のものになっていき、聴衆は不安そうにブルーメルを見つめている。ブルーメルは、これまでで一番力強く目を見開き、深く息を吸い込んだ。
「……前置きはここまでで、本題に入ります。この度、多くの製造要望の声があった機械人形についてですが……ここに、すべての機械人形の破棄と、以後の製造中止及び製造技術の破棄を宣言いたします」
その宣言に、聴衆はどっと湧いた。ほとんどが混乱と不安の感情を露わにしていた。
ロッティは、その広場の雰囲気に交じって、冷ややかな空気を纏った者たちがいることを敏感に察知した。ロッティは守るようにフルールの肩を抱き寄せたが、フルールは口元を押さえて息をするのも忘れていた。
「皆様の不安も動揺も理解できます。ですが、私たちも、皆様の生活のサポート力と将来起こり得ることとを天秤に乗せ、あらゆる角度から議論した結果、この選択がベストだと判断いたしました」
その先はもう聞く必要がないと判断したロッティは、聴衆が動揺している隙を狙ってフルールを外に連れ出し路地裏に入る。
「待ってください! まだブルーメル様の話が!」
「大丈夫だ、フルールは何も心配しなくて良い、その不安は的中しないはずだ。それより、早く待ち合わせ場所に向かうぞ」
ロッティはなるべくフルールにしか聞こえないように小さく叫んだ。フルールの表情には明らかに動揺と不安が表れていたが、それでもぐっと何かを飲み込み唇をきつく結んで着いて来てくれた。フルールの手を引く感触が軽くなったのを感じて安堵したロッティは、周囲の音を聞き洩らさないように、視野を広く持って、全方位に警戒しながら港へ向けてひたすら走った。
手紙に指定された場所は、先程までの活気あふれる空間が嘘のようにひどく閑散とした場所だった。仮にも港であるにもかかわらず不思議と人の気配が一切なく、波が防波堤に打ち付ける音とワタリドリの鳴く声がよく聞こえた。体力に多少自信のあるロッティも、機械人形であるフルールもここまで走って来たにもかかわらず息一つ乱さず、ただひたすらに手紙の送り主を待っていた。ここまでやって来る途中で、互いに話しかけることもなく沈黙したままだったが、目的地に到着した今も、それが二人の絆であることを示すかのように互いに繋いだ手を離そうとはしなかった。
海風が強く吹き、フルールのワンピースのスカートが靡き、フルールは手で髪が乱れるのを押さえていた。ロッティも肌寒く感じ、捲った袖を戻していた。どこかじめじめとした湿気が服を肌に張り付かせているようで気持ち悪かったが、潮の香りがその気持ち悪さを相殺した。
広場からかなりの距離があり、ロッティがまだまだかかるだろうと考え待つ時間がかかるのを覚悟し始めた頃、パカラパカラと馬の足音と車輪ががらごろ鳴る音が遠くに聞こえてきた。やがてそれらの音が止んだかと思うと、ロッティたちのいる方へ向かってくる足音がして、ロッティたちもなるべく出迎えられるようにそちらに向かった。
やがて細い道から出てきたのは、額に汗掻いて息をぜえぜえと切らすブルーメルであった。ロッティたちは静かにブルーメルを迎えた。ブルーメルもすぐにロッティたちの方に気がつき、先ほど広場の舞台で堂々とした雰囲気も、講堂のときに見せた冷静沈着な雰囲気もすっかり消え失せ、それまでのイメージが覆るように堅い表情を崩した。
「二人とも、来てくれてありがとう。えーっと、何から話せば良いんだろう、あはは、けっこう準備してきたつもりだったのにな、土壇場になると全然ダメだ私、あはは……」
困ったように笑うブルーメルは、すっかり敬語も崩し、自分の髪を撫でおろしたり何も入っていなさそうなポケットを無意味に探ったりして、どこか落ち着きがなかった。静かにブルーメルの言葉をじっと待つロッティたちに何か感じるものがあったのか、それとも別の何かが背中を押してくれたのか、ブルーメルは自分の瞳に手を添えたかと思うと、きりりっと真剣な、けれどどこか無防備な表情を作り、真っ赤に輝く瞳が二人のことを真正面から捉えていた。
「……時間がないから手短に話すね。まずフルール。いつもの引き出しに貴方宛ての手紙が入ってるから、それを読んで欲しい。そこに貴方に託す仕事を詳細に書き込んだから」
ブルーメルがフルールの肩を掴んで瞳を覗き込むようにして話すが、そのブルーメルの様子や話し方に、ロッティは確かに嫌な予感を覚えた。それはフルールも同じだったようで、覚悟を決めていたはずの表情に小さな翳が差し、適切な言葉が見つからず口をパクパクさせながら、どうすれば良いか分からないという風に首を振った。覚悟していたのと違う、予期せぬ方向性の予感に、ブルーメルにぶつけようと胸の内で燃やしていた想いも途端に勢いが衰え、頭はすっかり混乱した。