第3話
文字数 3,228文字
「悪い悪い、ちょっと爆発があったところ見に行ってたんだよ」
宿に戻ってきて早々ルイに絡まれて、ハルトはほどほどにルイを宥めた。フルールと出会ったことを話せばもっと喚かれると確信していたハルトはそのことは黙っておくことにした。
「それより、何かあったのか?」
皇族委員会からの
「それがな、妙な文書が……ブルーメルさんから届いたんだ」
「なに?」
ハルトの質問にルイは表情を曇らせ、「今その文書持ってくるからちょっと待ってろ」と輪になって話し合ってるメンバーの元へ向かった。ハルトは先ほどのフルールとの会話を思い返していた。ブルーメルが生前に遺したのは委員会とフルールに宛てたものだけではなかったらしいが、それこそ生前あんなに『ルミエール』が交渉しようにも聞く耳すら持ってくれなかったブルーメルが今になって文書を送ってくる意味が分からなかった。皆がざわつく理由も納得した。
やがて文書を手に、疲れた様子でルイが戻ってきた。「ほら、これだよ」と言って手渡してくれた文書を受け取り、それに目を通してみる。
冒険家団体『ルミエール』御中
この手紙はメンバー内で内容を共有した後に燃やすこと。またこの手紙の内容を、くれぐれもシリウスに滞在していた慈善活動団体『シャイン』を始めとした他の団体に話さないこと。これらを約束してもらえた上で、以下の内容に目を通していただきたい。
貴公らの実力及び人格を見込んで、頼みたいことがある。これはシリウスとしての依頼ではなく、私自身による、個人的な依頼である。報酬などを用意できないことは容赦願いたい。
どうか、私を暗殺した者たちの正体を突き止めて欲しい。
手がかりは、ブラウ氏の持つ書物である。
文書の内容は、それだけだった。シンプルな文面ながら、内容がストレートに伝わってくる文書であったがために、その文面には有無を言わさない圧力が確かにあった。
「確かに変な内容だな、これ」
「な? 不気味ったらありゃしないぜ。綺麗な顔にはやはり裏があるもんなんかねえ」
「いや、顔が綺麗とかは絶対関係ないと思う」
ハルトはルイの首根っこを捕まえてメンバーの元へ集まった。
「おおハルト、戻ってきてたか」
ハルトたちの存在に気がついたアベルが無精髭を撫でながら、ハルトたちを輪に加えた。
「ああ。この文書も読んだ。それで、この依頼ってやつを聞くことにするのか?」
「いや、団長を待とう……」
壁にもたれかかって腕を組んでいるクレールがそう言った。静かだがよく通る声は、ハルトたちの逸る気持ちを落ち着かせてくれた。
「そういや団長もハルトと同じく朝早くからどっか行ってたなー、ハルトと同じく」
ルイがじろりとハルトを見てくる。そのルイの視線が鬱陶しく、その視線を黙らせてやろうかとハルトが考えていると、部屋の扉が豪快な音と共に開かれた。
「皆、例の文書を読んだのなら委員会の奴らに会いに行ってみるぞ」
扉を開けて入ってきたのは、『ルミエール』の団長であるブラウだった。
あれから話し合う間もほとんどなく、ほぼブラウの独断で皇族委員会の人に話を聞くことになった『ルミエール』は、講堂に向かっていた。確かに詳しい話を知っている人がブルーメル以外のメンバーにもいるかもしれないし、その判断は良いかもしれないと考えていたハルトだったが、ルイ含めてメンバーは微妙な顔をしていた。
「おいルイ、なんだよその顔は」
ルイはわざとらしく深いため息を吐いた。ルイの態度にハルトはつい肘で強く小突いてしまった。
「ちょっ、落ち着けって。いやなあ、ブルーメルさんとお近づきになりたかったなあって。悲しくてなってさあ……絶対許せねえよ」
ルイはそこでもう一度深くため息を吐いた。
「……バカの心配して損したよ」
「ハルトにバカって言われたくねえって!」
「うるせーってお前ら」
前を歩いていたアベルが鬱陶しそうにハルトたちを振り返った。アベルの一声に、ハルトとルイは睨み合うのをひとまず辞めた。
講堂の前の大きな通りに差し掛かり、講堂前の象徴的な大きな樹が見え始めたところで、向かいから『シャイン』の一同が『ルミエール』の方に向かって歩いてきた。シルヴァンが険しい顔をしたまま『ルミエール』に気がつき、ブラウに向けて手を挙げた。
「ブラウ。どうしたんだ、講堂に皆連れて向かうなんて」
シルヴァンの質問に、ブルーメルの文書の内容を思い出したハルトは思わず口元を押さえた。そんなハルトの頭をルイが掴んで思いっきり下げさせた。
「いってー……何するんだよルイ」
「お前が隠し事が顔に分かりやすく出やすいバカヤローだからこうしてやってるんだよ」
もがくハルトを、ルイが無理やりにでも押さえつけた。不自然な体勢で首が辛くなってきて、「分かったから離せって」とハルトが抗議しながらルイの手を掴むと、ルイはようやく解放してくれた。今のせいで首を痛めていないか、擦って確かめていると、いつの間にかブラウたちの会話は終わっていたらしく、『シャイン』の面々がハルトの横をすれ違うところだった。
ハルトはすれ違いざまに『シャイン』の顔ぶれを思わず見つめていた。『シャイン』もブルーメルに何か用があって、亡くなったことを悲しんでいるのか、皆が同じように表情を曇らせていた。特に先日酒場で知った、『シャイン』の副団長のシャルロッテの顔色は優れず、気絶でもしそうなぐらい青ざめていた。
講堂に着いたはいいものの、委員会の面々はほとんどが忙しそうにしており、ゆっくり話を聞いてくれそうな人はいなかった。ハルトとルイが何度も呼びかけようとしても「ごめんなさい」の一言でバッサリ切り捨てられ、ルイは「ナンパしてないのに振られた気分だぜ……」と落ち込んでいた。顔に出やすいバカはどっちだよとハルトは突っ込みたくなるのを何とか飲み込んだ。
「やっぱりダメか……」
「団長、ダメ元なのは分かってたでしょうが」
「まあな」
続いてがっはっはとでも笑い飛ばしそうなほど軽いブラウに、ジルたちはため息を吐いていた。ハルトはその様子を見てようやく、先程ルイ以外が微妙な顔をしていた理由を理解した。
「もう一回宿に戻って話し合おう」
クレールが冷静な提案に誰も反対する者もおらず、ハルトたちは講堂を後にした。
大きな樹の横を通り過ぎ、これからどうするんだろうなあ、とハルトは先のことに想像を張り巡らせていた。結局この街に来た甲斐らしきものは、団体としては少なくともなかった。唯一、ロッティが無事であったことが収穫ではあったが、そのロッティも、ブルーメル暗殺があったと思われる場所に向かっている最中にフルールが降ってきたことと、そのフルール本人の口振りからしてもうこのシリウスにはいないはずである。世界は未知に満ちており何が起こるか分からないものだが、ロッティがいなくなってからはむしろ人間関係の方で何かしら騒動が連続して起きており、ハルトにはロッティが疫病神ならぬ守り神だったのではないかと思えてきた。
いつの間にか考えが脱線していることに気がついたハルトが、余計な考えを振り払うようにぶんぶんと振っていると、後ろから肩をとんとんと叩かれ、ハルトもそちらへ首を捻る。
「ハルト様、それに『ルミエール』の皆様。何か用事でもありましたでしょうか?」
そこには、今朝にも会ったフルールの姿があった。