第2話
文字数 3,371文字
子供たちを連れての旅ということで、ロッティも不安が大きかったのだが、意外にも旅立ちはすんなり進んでいった。子供たちがはしゃいでどこかへ行って行方不明になるようなこともなく、我が儘を言ってガーネットを困らせるようなこともしなかった。もちろん子供たちの体力と歩くスピードに合わせ、子供たちが疲れたと言えばその場ですぐに休憩に入った。雪がしんしんと降り続ける雪原のど真ん中で、皆で輪になって囲んで顔を見合わせている時間は穏やかに過ぎていき、ロッティ自身もその雰囲気に心を落ち着けることが出来た。魔物も能力を使うロッティの敵ではなく、それでも子供たちの前ということもあり、首をねじ切るのではなく、高いところから地面に叩きつける、という手法を取った。
子供たちは手間がかからないばかりでなく、ときおりロッティ自身も驚くほど頼りになることもあった。子供たちの中でも一番大人びた女の子、レベッカは何故かガーネットによく懐くようになり、それを不思議に思い眺めていると急に「そっち崖になってて危ないよ」と忠告してきた。ガーネットによく懐いていることと関係してか、その素っ気なさはどこか以前のガーネットの雰囲気によく似ていた。日を重ねると、そのレベッカに続くように他の子どもたちもどこか大人びた雰囲気を纏いながら、さらに落ち着きを増していった。
ある日、ロッティが再び魔物を退治していると、それを後ろから見守っていた子供たちが寄ってきて、「戦い方を学びたい」と言ってきて、ロッティは困惑した。こんな能力を持っている自分ですら、能力を隠していたとはいえ『ルミエール』に入ってしばらくは雑用だけをやっていたのに、そんな当時の自分よりも幼い子供たちに戦い方を教えることに抵抗を覚えた。
そこで助け舟を出してくれたのが、ガーネットだった。リュウセイ鳥の騒動のときにはガーネットは『銃』というものを使っていたが、それは流石に子供に持たせるのは偲びないと感じたのか、ガーネットは弓の扱い方をその日から子供たちに指導するようになった。この日のことも予知夢で見ていたのか、子供用のサイズも一つ用意していたガーネットはそれを子供たちに渡して、手取り足取り教えていた。ガーネットが「矢はつがえないけど、ちょっと構えてみて」と言い残してその場から引いてロッティと並んで、子供たちがそれに取り組む様子を眺めていた。
「なんで急に戦い方を教えて、なんて言い出したんだ」
「貴方の助けになりたいと思ったのよ」
「…………ふうん……」
返事を期待しての言葉ではなかったため、ガーネットのその言葉に、ロッティは何と反応して良いか分からずそのまま黙った。
その後もガーネットによる弓の指導は続いた。魔物に当てることまでは流石にさせなかったが、木に当てる練習は行うようになり、真っ直ぐに当たると大人びた子供たちも子供らしく嬉しそうにはしゃいでいた。しかしそれでも、ロッティにもどうしても教わりたいとせがんできて、ロッティは仕方なく身体の鍛え方と身体を柔らかくすることを教えた。子供たちは賢く、また素直であっという間に全員が弓矢を木に当てられるようになったが、身体の身のこなしはまだまだぎこちないところが多く、以後も魔物と出くわした時は逃げることに専念するようにとロッティは強く言って聞かせた。それに対して子供たちは何故か嬉しそうに返事をして、ロッティはさらに困惑した。
来る日も来る日も雪に降られて、そろそろうんざりし始めた頃だった。視界の悪い雪の向こうから、これまで会ってきた種類とは違う魔物の遠吠えが聞こえ、ロッティは全員を後ろに下がらせて寒さで鈍っていた神経を覚醒させて意識を集中させた。次第に魔物の気配が濃くなるにつれ、その数は一匹や二匹ではないことを確認し、ロッティはいつでも能力を使えるように、目を見開いてその方向を凝視する。しかし、やがて見えてきたものに、ロッティは動揺を隠せず、集中力が乱され、魔物を意識することも忘れていた。
予想していた通り、何匹もの魔物の群れがおり、その中央に一つの人影があった。初めは、リュウセイ鳥の騒動のときにもそうやって魔物を引き連れて現れたヨハンかと思ったが、ヨハンよりも背が低く、細いシルエットにその予想は崩れた。そして、ようやく顔が見える頃までこちらにやって来たときには、一瞬頭が麻痺したようにその事実を受け止めきれなかった。
戸惑って後ずさりしそうになったロッティだったが、そんな弱腰な姿勢を励ますように、ガーネットがロッティの腕を軽く引っ張った。そのおかげで背後に守らねばならない存在がいることを思い出せたロッティは何とか形だけでも身構える。ガーネットが雪に紛れて消えないほどしっかりとした声で、ロッティに言い聞かせるように呟いた。
「相手は、シャルロッテよ……」
名前を呼ばれたシャルロッテは、シリウスで会ったときと変わらぬ笑みで微笑んだ。そのせいで、シリウスでの出来事が脳裏に次々と蘇ってきた。しかし目の前のシャルロッテは、あの日ヨハンが纏っていたものと同じマントを羽織っていた。
「ハローガーネットちゃん。それに、ロッティ」
君付けじゃない呼び方に、何かの冗談であることを願っていたロッティは、もうシリウスで出会った五月蠅いぐらい友好的で陽気なシャルロッテはそこにはいないことを悟った。しかし、頭ではそう理解しても、感情は追いついてこず身体は動いてくれそうになかった。今からシャルロッテを斬る、あまつさえ殺す、そのイメージを浮かべようとすると酷い頭痛と吐き気に襲われ、手先が寒さとは無関係に震え始めた。
シャルロッテがロッティのその様子を馬鹿にしたように笑った。
「覚悟が出来ていないんじゃない? ロッティ」
シャルロッテの話し方や声は、シリウスでロッティに迷惑がられながらも優しく接してくれたときのものと全く同じであった。それが余計にロッティの鳩尾を気持ち悪くさせた。
「君には向いてないんだよ、揉めごととか争いごととか、そういうこと。だから、大人しくこっちに来なって」
「ロッティ、話を聞いちゃダメよ」
背後からガーネットの諫める声もどこか震えていた。寒い雪景色の中に自分たちはいるはずなのに、体が熱くて仕方がなかった。
「ふうん、ガーネットちゃん、そんなこと言うんだ。冷たいなー。じゃあ」
シャルロッテが手を上に上げてから、ゆっくりと降ろしてガーネットのことを指差した。まるで軍隊の指令のように魔物に指示しているかのようだった。
「ロッティとじっくり話したいし、ロッティ以外の人間をやっちゃってからにするか」
「ガーネット!」
そう叫べたかどうか、実感がなかった。ロッティはシャルロッテのその言葉と共に、ガーネットを力いっぱいロッティの背後に遠ざけるように押しのけた。ガーネットが背後に飛んでいき、子供たちのところで尻餅ついたのを確認するとすぐに振り向き、魔物たちとシャルロッテの姿を確認する。
魔物がこちらに向かって飛び出してくるのを見送りながら、シャルロッテは不敵に笑っていた。その笑みに不吉なものが孕んでいる気がしてロッティはシャルロッテ諸共、すべての敵を視界に『捉え』ようとした。しかし、すんでのところでシャルロッテがマントに身を隠したせいでシャルロッテだけは捉え損ね、仕方なく他の魔物とそのマントとを一緒に『捉え』た。ロッティはやけくそ気味に魔物たちの首の部分を『ねじ切る』と、驚くほど簡単に魔物の首と胴は離れて、魔物の首に勢いよく赤い飛沫がかかっていた。
シャルロッテの姿を確認しようと急いで辺りを見渡したときだった。視線を動かした先に、魔物を削ぐときに使うような小さなナイフが飛び込んできて、ロッティは寸前で身体を後ろに反って避けた。その勢いで後退すると、今度は先ほどロッティが殺した魔物の死体が飛んできて、ロッティは能力を用いてその死体をどこか遠くへ吹っ飛ばした。