第2話

文字数 3,371文字

 翌日、カインたち『シュヴァルツ』や、ガーネット曰くアランを殺した張本人であり、リュウセイ鳥の伝説の日にロッティの前に立ち塞がったヨハン・ジルベールが小屋を見つける前に、ロッティたちはさっさと出発した。あの後、遅い時間帯にフラネージュへ向かい、旅の分の食糧を調達していた。
 子供たちを連れての旅ということで、ロッティも不安が大きかったのだが、意外にも旅立ちはすんなり進んでいった。子供たちがはしゃいでどこかへ行って行方不明になるようなこともなく、我が儘を言ってガーネットを困らせるようなこともしなかった。もちろん子供たちの体力と歩くスピードに合わせ、子供たちが疲れたと言えばその場ですぐに休憩に入った。雪がしんしんと降り続ける雪原のど真ん中で、皆で輪になって囲んで顔を見合わせている時間は穏やかに過ぎていき、ロッティ自身もその雰囲気に心を落ち着けることが出来た。魔物も能力を使うロッティの敵ではなく、それでも子供たちの前ということもあり、首をねじ切るのではなく、高いところから地面に叩きつける、という手法を取った。
 子供たちは手間がかからないばかりでなく、ときおりロッティ自身も驚くほど頼りになることもあった。子供たちの中でも一番大人びた女の子、レベッカは何故かガーネットによく懐くようになり、それを不思議に思い眺めていると急に「そっち崖になってて危ないよ」と忠告してきた。ガーネットによく懐いていることと関係してか、その素っ気なさはどこか以前のガーネットの雰囲気によく似ていた。日を重ねると、そのレベッカに続くように他の子どもたちもどこか大人びた雰囲気を纏いながら、さらに落ち着きを増していった。
 ある日、ロッティが再び魔物を退治していると、それを後ろから見守っていた子供たちが寄ってきて、「戦い方を学びたい」と言ってきて、ロッティは困惑した。こんな能力を持っている自分ですら、能力を隠していたとはいえ『ルミエール』に入ってしばらくは雑用だけをやっていたのに、そんな当時の自分よりも幼い子供たちに戦い方を教えることに抵抗を覚えた。
 そこで助け舟を出してくれたのが、ガーネットだった。リュウセイ鳥の騒動のときにはガーネットは『銃』というものを使っていたが、それは流石に子供に持たせるのは偲びないと感じたのか、ガーネットは弓の扱い方をその日から子供たちに指導するようになった。この日のことも予知夢で見ていたのか、子供用のサイズも一つ用意していたガーネットはそれを子供たちに渡して、手取り足取り教えていた。ガーネットが「矢はつがえないけど、ちょっと構えてみて」と言い残してその場から引いてロッティと並んで、子供たちがそれに取り組む様子を眺めていた。
「なんで急に戦い方を教えて、なんて言い出したんだ」
「貴方の助けになりたいと思ったのよ」
「…………ふうん……」
 返事を期待しての言葉ではなかったため、ガーネットのその言葉に、ロッティは何と反応して良いか分からずそのまま黙った。
 その後もガーネットによる弓の指導は続いた。魔物に当てることまでは流石にさせなかったが、木に当てる練習は行うようになり、真っ直ぐに当たると大人びた子供たちも子供らしく嬉しそうにはしゃいでいた。しかしそれでも、ロッティにもどうしても教わりたいとせがんできて、ロッティは仕方なく身体の鍛え方と身体を柔らかくすることを教えた。子供たちは賢く、また素直であっという間に全員が弓矢を木に当てられるようになったが、身体の身のこなしはまだまだぎこちないところが多く、以後も魔物と出くわした時は逃げることに専念するようにとロッティは強く言って聞かせた。それに対して子供たちは何故か嬉しそうに返事をして、ロッティはさらに困惑した。
 来る日も来る日も雪に降られて、そろそろうんざりし始めた頃だった。視界の悪い雪の向こうから、これまで会ってきた種類とは違う魔物の遠吠えが聞こえ、ロッティは全員を後ろに下がらせて寒さで鈍っていた神経を覚醒させて意識を集中させた。次第に魔物の気配が濃くなるにつれ、その数は一匹や二匹ではないことを確認し、ロッティはいつでも能力を使えるように、目を見開いてその方向を凝視する。しかし、やがて見えてきたものに、ロッティは動揺を隠せず、集中力が乱され、魔物を意識することも忘れていた。
 予想していた通り、何匹もの魔物の群れがおり、その中央に一つの人影があった。初めは、リュウセイ鳥の騒動のときにもそうやって魔物を引き連れて現れたヨハンかと思ったが、ヨハンよりも背が低く、細いシルエットにその予想は崩れた。そして、ようやく顔が見える頃までこちらにやって来たときには、一瞬頭が麻痺したようにその事実を受け止めきれなかった。
 戸惑って後ずさりしそうになったロッティだったが、そんな弱腰な姿勢を励ますように、ガーネットがロッティの腕を軽く引っ張った。そのおかげで背後に守らねばならない存在がいることを思い出せたロッティは何とか形だけでも身構える。ガーネットが雪に紛れて消えないほどしっかりとした声で、ロッティに言い聞かせるように呟いた。
「相手は、シャルロッテよ……」
 名前を呼ばれたシャルロッテは、シリウスで会ったときと変わらぬ笑みで微笑んだ。そのせいで、シリウスでの出来事が脳裏に次々と蘇ってきた。しかし目の前のシャルロッテは、あの日ヨハンが纏っていたものと同じマントを羽織っていた。
「ハローガーネットちゃん。それに、ロッティ」
 君付けじゃない呼び方に、何かの冗談であることを願っていたロッティは、もうシリウスで出会った五月蠅いぐらい友好的で陽気なシャルロッテはそこにはいないことを悟った。しかし、頭ではそう理解しても、感情は追いついてこず身体は動いてくれそうになかった。今からシャルロッテを斬る、あまつさえ殺す、そのイメージを浮かべようとすると酷い頭痛と吐き気に襲われ、手先が寒さとは無関係に震え始めた。
 シャルロッテがロッティのその様子を馬鹿にしたように笑った。
「覚悟が出来ていないんじゃない? ロッティ」
 シャルロッテの話し方や声は、シリウスでロッティに迷惑がられながらも優しく接してくれたときのものと全く同じであった。それが余計にロッティの鳩尾を気持ち悪くさせた。
「君には向いてないんだよ、揉めごととか争いごととか、そういうこと。だから、大人しくこっちに来なって」
「ロッティ、話を聞いちゃダメよ」
 背後からガーネットの諫める声もどこか震えていた。寒い雪景色の中に自分たちはいるはずなのに、体が熱くて仕方がなかった。
「ふうん、ガーネットちゃん、そんなこと言うんだ。冷たいなー。じゃあ」
 シャルロッテが手を上に上げてから、ゆっくりと降ろしてガーネットのことを指差した。まるで軍隊の指令のように魔物に指示しているかのようだった。
「ロッティとじっくり話したいし、ロッティ以外の人間をやっちゃってからにするか」
「ガーネット!」
 そう叫べたかどうか、実感がなかった。ロッティはシャルロッテのその言葉と共に、ガーネットを力いっぱいロッティの背後に遠ざけるように押しのけた。ガーネットが背後に飛んでいき、子供たちのところで尻餅ついたのを確認するとすぐに振り向き、魔物たちとシャルロッテの姿を確認する。
 魔物がこちらに向かって飛び出してくるのを見送りながら、シャルロッテは不敵に笑っていた。その笑みに不吉なものが孕んでいる気がしてロッティはシャルロッテ諸共、すべての敵を視界に『捉え』ようとした。しかし、すんでのところでシャルロッテがマントに身を隠したせいでシャルロッテだけは捉え損ね、仕方なく他の魔物とそのマントとを一緒に『捉え』た。ロッティはやけくそ気味に魔物たちの首の部分を『ねじ切る』と、驚くほど簡単に魔物の首と胴は離れて、魔物の首に勢いよく赤い飛沫がかかっていた。
 シャルロッテの姿を確認しようと急いで辺りを見渡したときだった。視線を動かした先に、魔物を削ぐときに使うような小さなナイフが飛び込んできて、ロッティは寸前で身体を後ろに反って避けた。その勢いで後退すると、今度は先ほどロッティが殺した魔物の死体が飛んできて、ロッティは能力を用いてその死体をどこか遠くへ吹っ飛ばした。
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登場人物紹介

ロッティ

主人公。

孤児院→ある街の夫婦に引き取られる→街を出て冒険家団体『ルミエール』に拾われる→ガーネットと共に旅に出る。目で見たモノを、手も触れずに操る能力を持つ。

ガーネット

初対面であるロッティの名前と『ルミエール』の元メンバーであったことを知っていた不思議な女性。自称だが100歳を超えているという。

ハルト

ロッティとほぼ同じ時期に『ルミエール』に拾われる。ロッティの能力を知る。能天気で明るい性格。

ルイ

ロッティやハルトと同じように『ルミエール』に拾われる。女好きでお調子者な性格だが時折鋭い。

ブラウ・フォレッツ

『ルミエール』の団長。豪快で大胆な性格。

セリア

学び舎でロッティと仲良くしていた女の子。エルフ族であったブルーノと親友であった。

ピリス

ロッティを拾った孤児院の院長。ロッティが再び会いに行こうとしたら既に亡くなっていた。

シャルル

リュウセイ鳥の伝説のある街にて鉱山発掘に赴く記憶喪失の青年。

トム

リュウセイ鳥の伝説のある街にて鉱山発掘に熱心な少年。

フルール

機械都市シリウスのメイド的存在。委員会に所属するブルーメルの付き人。

ブルーメル

機械都市シリウスにおける委員会の一人。ガーネットに委員会に入るよう依頼する。

シャルロッテ

慈善団体『シャイン』の副団長。陽気な性格。

シルヴァン

慈善活動団体『シャイン』の団長。ぶっきらぼうな性格でブラウとは古くからの仲らしい。

クレール

冒険家団体『ルミエール』の頭脳担当にして、ブラウよりも古参のメンバー。

アベル

冒険家団体『ルミエール』の特攻隊。足りない頭脳は腕で補う、とのこと。

ジル

冒険家団体『ルミエール』のロッティよりも新参のメンバー。元々はアランと探偵稼業を行なっていた。

イグナーツ

フラネージュ近くの洞窟で『ルミエール』と出会った大柄な男。

ニコラス

シルヴァンと親しいという、軽い感じの男。ハルトを気に入る。

ヨハン・ジルベール

ロッティ、ガーネットたちと敵対する不思議な雰囲気の男。

アリス・ヴェイユ

帝都の次期皇女候補の第六娘。グランと心を通わせる。

グラン

幻獣族。アリスに与えられた家に住んでいる。

カイン・シャミナード

傭兵団体『シュヴァルツ』の団長。ブラウとシルヴァンとは小さい頃からの知り合い。

レオン

幻獣族。ステファニーと仲が良い。

ステファニー

レオンと仲が良いお淑やかな女性。アリスと仲良くなれて嬉しい。

バニラ

アリス・ヴェイユの付き人。物静かで目立とうとしない。

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