第17話
文字数 3,122文字
「いいから早く行け馬鹿野郎! お前は何のためにここまで来たんだ!」
聞こえてくる会話の内容から察するに状況は芳しくなさそうで、ようやく姿がはっきり視認出来るぐらいになると、先ほどロッティも対峙した魔物数匹とシャルルが対峙していた。剣で応戦しているが、魔物のそのすばしっこさに翻弄されて、魔物の鼻先を掠めたり胴の部分を浅く斬ったりするだけで致命傷を与えることは出来ていなかった。
ロッティは、早く能力の届く距離にまで辿り着けるよう、祈るような思いで必死に駆けた。そして、魔物の軍団の内一匹がシャルルから離れ、もう一方の小柄な人影に追いつきそうになったところで、その魔物の動きを『止め』られた。
「……あり?」
「トム! 大丈夫か、おい!」
「あ、ああ……なんかこいつ動かねえで止まってるぞ……」
「はあ? 何わけわかんねえこと言ってる……んだ……」
ロッティはすぐさまシャルルを襲っていた魔物たちもまとめて視界に『捉えて』は動きを『止め』、まとめて上空に『浮かび上がらせる』とそのままありったけの勢いで、今ロッティがやって来た方向へと飛ばしてやった。
「すげー……あの魔物って飛べるのかよ……」
「何馬鹿なこと言ってるんだトム」
ロッティがようやく二人の元へ駆けつける頃になると、二人のシルエットもようやくはっきりした。二人とも呆然とした表情でロッティが今来た方の空を見上げていた。
「早く二人とも行ってこい。こんなもんで振り切れるとは考えられない」
「お、ロッティー! ん、あれ? どうしてここにいるんだ?」
「いいから早く行け!」
ロッティは状況を把握できないトムに構わず、周囲を警戒する。丘の方向には危険な雰囲気は感じられないが、あちらこちらから何某かの気配は感じられ、ロッティは集中して周囲を見渡しながら二人を押しやる。
「あ、おい、ちょっと待てって、くすぐってえって! ぎゃはは」
トムがギャースカ喚く一方で、シャルルは何かを悟ったような、それでいて少し寂しそうな表情を浮かべながら、ロッティが押すまでもなく一緒に丘の方向に向かってくれた。
「……ロッティ」
「何だ。話は手短に頼むぞ」
「……お前の連れは、不思議な雰囲気の、無表情な女か」
突然のシャルルの意外な質問に、ロッティは足を止めそうになる。しかし、シャルルの顔を見て、ロッティはようやく今回何が起ころうとしているか、そしてガーネットが考えていることが少しだけ理解できたような気がした。
「そうだよ。名前は、ガーネット」
「そうか……お前も、あのミ……くと……そうか……」
俯いてそう呟く声はあまりにも小さく聞き取れない箇所があったが、それでも再び顔を上げたシャルルの表情は、寂しさも迷いもなくなった清々しいものになっていた。
「俺たちがリュウセイ鳥の伝説にあやかって……良いんだな?」
「おそらくガーネットもそれが望みだと思う。それに、もしそうじゃなかったとしても……俺はトムかシャルルのどっちかが使ってくれた方が、得体の知れない怪しいやつらが使うよりよっぽど安心できる」
「そうか……分かった。おいトム。行くぞ」
トムが返事をする間もなくシャルルはトムを脇に抱えた。突然のことにトムが暴れる。
「おい、一人で歩けるって」
「いいか、大事なことだからよく聞け。願い事は、お前がするんだ。お前は、俺たちに何があろうと、構わず丘を目指して願い事を叫び続けろ。お前は……そのためにこの街に来たんだろ」
シャルルの説明に、トムがはっとした顔つきでシャルルを見上げる。そして、鉱山発掘のときに見せたとき以上に真剣な表情を作って、トムは静かに頷いた。その動作はひどく大人びていて、ロッティはとても子供には抱えきれないほど大きな覚悟を確かに垣間見た。シャルルが前を走り、ロッティは二人の後ろから周囲を警戒しながら走った。
丘までの道は基本坂道で、トムを抱えているシャルルの疲労をロッティが案じていると、丘まで中腹というところで、これまでより多くはないが数匹の魔物と人の集団が傍らから現れた。人の集団の方はおそらく、先日鉱山で拠点を作ろうとしていた者たちと同一人物であろうと思われた。拠点を作れなかったからなのか、ここまで来る間にいくらか疲れてそうな顔を浮かべており、ロッティは遠慮せずに能力を用いて魔物を含めた敵集団の動きを『止め』た。
「俺が動きを止めている間に早く行くんだ」
シャルルはもう二度は驚かず、冷静に頷いて動きが止まっている集団のただ中を突き抜けていった。その背中を見送りながらロッティは魔物と人の集団を睨みつけた。
☆
シャルルはトムを抱えて走ってきたが、ロッティの戦闘音が聞こえなくなり始めた頃、とうとう膝に手をついてしまう。
「おい、こっからなら大丈夫だろ。降ろしてくれって」
シャルルを気遣ってか、暴れこそしないもののトムが腕の中で抗議する。シャルルは腕をきつく締め、トムがわずかに呻き声をあげた。
「うるせーよ。お前は黙って大人しくしてれば良いんだ」
「……なんで」
トムが声を震わせながら、シャルルの顔を切なそうに見上げる。
「なんでここまでしてくれんだよ。シャルルだって、叶えたいことあるんじゃねえのかよ。あんな女の言うことなんざ無視して、あんたの叶えたいこと叶えれば良いじゃねえかよ」
鼻を啜りながら、トムは涙ぐんだ声で訴える。トムがあんな女と呼んだ、ガーネットという女性に言われたことを思い出す。
シャルルはそのときの言葉に押されるようにして、自分の身体を叱咤し、息を切らしながらも何とか再び立ち上がる。足が鉛のように重く感じられるが、何とか一歩ずつ踏み出していった。
「勘違いすんなよトム。俺には何にも叶えたいことなんてねえんだよ」
「嘘つくなよ! だって、記憶戻ったんだろ? すごく大切な人を思い出したって言ってたじゃないか。その人のために願い事しなくて良いのかよ」
「うるせークソガキだな。さっきも言っただろ、お前は何も考えずに自分の願い事を叫べばいいんだよ」
トムに強い言葉を使うことで、自分の内側から怒りにも似た力が湧いてきた気がして、シャルルはそのエネルギーを脚に込めて再び走り始めた。トムは苦しい葛藤を顔に滲ませながら、黙ってシャルルの腕の中で揺られていた。
「俺はもう、良いんだよ。全部過去のことなんだよ。過去に縛られる人間が、未来を生きる人間の邪魔しちゃいけねえんだよ」
「あんな激しい頭痛に襲われてまで思い出したことだったのに。すげー辛そうな顔してたのに、本当にそんな簡単に諦めて良いのかよ!」
「良いんだよ。よく聞けよ、ガキんちょ。俺が思い出したそいつも、今日この日、お前に願い事をさせるために、俺に託して死んでいったんだ」
トムは苦しそうに息を呑み、絶句した。魔物の気配が再びし始め、シャルルはトムを内側に抱え直し、剣を持ち直して魔物たちに剣先を向ける。
「俺は、ここから人生をやり直す。ここでお前を送り届けることで始められる。わけわかんないタイミングでいきなり目覚めさせられて、周りに知ってるやつもいない世界になってたけど、俺も新しく始められるから。だから、そのためにも、お前には死ぬ気で叶えてもらわなきゃ困るんだよ」
数十年ぶりに剣を振るうせいで、初めは感覚がいまいち掴めなかったが、先程の魔物の集団との戦闘で大分感覚を取り戻したシャルルは、襲い掛かってくる魔物の首を狙って剣を振り抜く。喉元を斬られた魔物たちは、激しい血飛沫を上げながら飛び掛かってきた勢いのまま地面に倒れる。身のこなしも当時の感覚を思い出していき、無駄の少ない動きで魔物たちを捌いていく。