第25話
文字数 3,490文字
「久し振り、ロッティ」
「ああ……久し振り、皆」
ハルトのその声に、メンバーの皆がどっとロッティたちの方へなだれ込む。あれから新しいメンバーが入った形跡はなく、元メンバーたちに矢継ぎ早に質問をされた。
「お前今までどこで何してたんだよ」
「いつ戻ってくるんだ?」
「おい、そんな可愛い子連れてるってどういうことだよ。心配した時間返せよ!」
ロッティは詰め寄ってくる皆を押し返し、皆の表情を見渡す。彼らのおどけていながらも真剣にロッティの言葉を待っている様子に、ロッティは目頭を熱くしながらも、同時に皆の元から去ったときの気持ちが蘇り、募ってくる虚しさがそれを打ち消した。
「ごめん……もう少しだけそっとさせて欲しい」
自分でも本当にこれが自分のしたいことなのかは分からなかった。しかしあの日去ったときの気持ちも消化できないまま皆の元へ戻るのは間違っていると確信していたロッティは、それだけしか言えなかった。短い言葉ながらも、その想いは伝わったのか皆は曖昧に声を漏らしながらそれっきり何も言わなくなった。
ブラウが前に出てきて、しっかりとロッティの目を見据えた。
「皆落ち着け。ロッティ、またいつかな」
「……はい」
そのやり取りを皮切りに、『ルミエール』の皆はめいめいにロッティの元から去っていった。ハルトも、名残惜しそうにロッティを見つめながら去っていった。
「良い人たちね、『ルミエール』は。皆本気で貴方を心配しているようだった」
ガーネットが『ルミエール』の面々が去っていく後ろ姿を見つめながらしみじみと呟いた。そのときの横顔は、どこか羨望すら滲ませていた。
「……俺もそう思う」
「……貴方の孤独感は、まだ癒えそうにはないの?」
「……少なくとも、俺はまだガーネットと会った日から何も変われていないと思う。だから……まだ戻らない」
「そう……」
ガーネットの呟きはか細く低かった。そのままガーネットは仮住まいの家へ目指すが、ロッティは何か忘れ物をしているような気がして、足が止まった。ガーネットがゆっくり振り返り、長い髪が揺らぐ。その揺れる髪がきっかけなのか、ロッティは引っかかっていた忘れ物の正体に気がついた。
「ごめん。帰る前に少しだけ店に寄っていいか?」
ガーネットの赤い瞳は真っ直ぐにロッティを捉え、その後何も言わずにロッティの元へ引き返してきた。ロッティたちは仮住まいの家に帰る前に、ある店に寄っていった。
散歩から帰ってくると、香ばしい匂いが玄関にまで漂ってきた。その香りと共に、フルールがぷりぷりしながらおたまを持ってやって来た。
「遅いです、二人とも!」
「一人で昼ご飯を用意させてしまってごめんなさい」
ガーネットの謝罪にフルールはふんと鼻を鳴らしてさっさと奥へ引っ込んでしまった。ロッティたちは慌てて室内に上がり居間へ向かった。
よほどご機嫌ナナメだったようで、食事中フルールは一言も話さずジュースをこくこくと飲んでいた。ロッティたちも気まずそうにしながら静かに食事を進めた。
昼も過ぎて精神的に少し疲れたのか、フルールが椅子に座りぼうっと本棚を見つめていた。ガーネットも一息ついたとばかりに棚から本を取り出し、椅子に座って読み始めた。機会を窺っていたロッティは、おもむろにポケットに入れていた物をテーブルの上に取り出した。その気配をフルールは敏感に察知し、ちらりと視線を寄越す。
「フルール、これを受け取ってほしい」
ロッティはそれを掌の上にのせてフルールの方に差し出す。フルールは恐る恐るそれを手に取り、不思議そうに上に掲げてみせた。
「これは、髪留めですね。着けてみてもよろしいでしょうか?」
ロッティは当然のように頷き、フルールは早速それを前髪に着けた。それによって、長くなった前髪で遮られがちだったフルールの瞳はよく見えるようになり、表情も見えやすくなった。
髪留めを着けたフルールは早速鏡に向かい合い、自分の姿を確認すると、小さく感嘆の息を漏らしていた。
「ロッティ様、ありがとうございます。でも、どうしてこのようなものを買って下さったのでしょうか?」
フルールはスカートの前で手を重ね、声を弾ませながらも不思議そうな顔でロッティのことを見つめてきた。フルールのことをよく知らない人からしたら大して変化したように見えない表情、でも知る人が見たら確かに感情を露わにしていると分かるその表情を見て、ロッティはようやく確証を得た。
「フルールにはそういう表情が似合うと思ったからだ」
そのロッティの言葉にフルールはワンテンポ遅れて「まあ」と間抜けな声を出していた。
「
フルールは得心がいったように頷いたと思いきや、かすかに眉を下げた。ガーネットも読書に集中していながらその話が聞こえていたのか、感心したように息を漏らしていた。途端にロッティは恥ずかしさに顔が火照って立ち去ろうとするが、「ロッティ様」とフルールに呼び止められて足を止める。
「本当に、ありがとうございます……大切にしますね」
その言葉にロッティはいよいよフルールの顔を見るのも恥ずかしく、そのまま自室に籠った。フルールとガーネットの会話が聞こえてくるような気がしたが、それらをなるべく意識しないようにして、棚から自室に持ち込んでいた本を寝っ転がりながら読み始めた。
その日の夕方頃、ロッティの部屋をこんこんと叩く音が聞こえた。もうすぐ読み終えそうだった本を置いて、ロッティは起き上がった。
扉を開けると、そこには何やらチラシのような紙と手紙を手にしているフルールが、顔を強張らせ、緊張した様子で立っていた。
「ロッティ様、こちら二つとも、ご覧になってください」
そう言ってフルールは手にしていたそれらをロッティに手渡した。ロッティはベッドに座り、まずチラシの方から確認すると、先日見たような達筆な字でこう記されていた。
「『シリウス皇族委員会から重大な告知発表日が来週末、十月二十日に決定いたしました。以下に詳細を記します』……か」
大きくそう書かれた下には、細かな字で場所やら時間やら、その他混雑が見込まれる故の注意喚起や不安にさせた街の人たちへの謝罪文のようなものが記されていた。よくよく読み進めると、他の街にも大きく関係することであるという旨が記されており、いよいよただ事ではないと思い、肌が粟立った。重大な告知の内容も、先日ブルーメルがロッティを連れ回した件と関係しているなら何となくその内容も予想できたが、フルールの前ではとてもおいそれと口に出せなかった。
胸がざわつくのを落ち着けて、ロッティは次に手紙を確認することにした。しかし、もうすでに開かれた形跡があり、これはどういうことなのだろうと思っていると、宛名にはロッティ以外にフルールの名も記されていた。フルールの顔を思わず見上げると、フルールもそのことを承知しているようで小さく頷いた。ロッティは改めて恐る恐る手紙の内容を確認した。
『この手紙は読んだ後すぐに燃やすこと。来週末、十月二十日の〇〇時にて港に来たり。他言無用』
その手紙の内容は至極シンプルで、それ以外には何も書かれておらず、送り主の名前すらなかった。しかし、ロッティはこの手紙の送り主についてもおおよその見当がついた。むしろ、フルールの名も記されていたり重大な告知の直後の時間帯であることから予想がほとんど確信に変わった。
フルールは今まで見たことのないぐらい不安そうな顔をしていたが、手紙の内容が内容だけに口に出すのもいけないと感じているのか、きつく唇を引き締めていた。フルールもおそらく手紙の送り主がブルーメルであることは予想がついているのだろう。ロッティは下手なことを言わずに、ブルーメルがそうしていたのを思い出して、フルールの気を落ち着けさせようと頭をぽんぽんと撫でた。フルールの頭は、何ら人間のそれと変わらない感触だった。その後、手紙を燃やそうと暖炉に火をくべた。火の点いた暖炉の中で、他言無用と記された手紙が容赦なく燃え上がっており、火の勢いがかすかに増していた。