第5話
文字数 3,338文字
ハルトの質問に、剣がまさに首に触れそうなほど迫って来るが、ハルトは怯まずに『シュヴァルツ』の様子を窺う。カインも特に気にしていないようで、剣を構える部下を諫めていた。
「城を壊したのはグランとかいう幻獣族が勝手にしたことだ。まあ、スカッとはしたがな。むしろ、あの力を目の当たりにしてまだ抵抗の意志を見せるお前たちの方が不思議だがな」
「……あんたらはこんなことをしてまで何がしたいんだって聞いている」
「世界を変えるためだ」
ブラウの話を断り続けたときよりも淡々と抑揚なく話すカインにハルトは胸がざわついたが、カインの険しい表情の中に仄暗い感情が薄ら見えた気がして、ハルトは何も言わなかった。それきりカインはあまりハルトには話すつもりはないらしく、互いに無言のまま歩いていき、やがて『シャイン』の借家に辿り着き、その建物の脇に立った。
「この細い路地のところに入り口がある。あとは俺が連れて行くからその二人を」
「ダメだ、俺たちが連れて行く。さっさとそこまで案内するんだ」
ハルトの言葉をカインが強い口調で遮った。剣先の感触が喉にかすかに感じられ、ハルトは仕方なくその路地に入っていこうとした。
ハルトの後をついていき、『シュヴァルツ』の三人も一緒に路地裏に入っていった瞬間だった。
「こっち向け、馬鹿野郎がっ!」
『シュヴァルツ』の背後からブラウが路地へ飛び込んできて、気絶している少女を引っ手繰るように突撃し、少女を抱えていた女性を吹き飛ばした。背後からの刺客にカインたちがさっと後ろを振り向き、ハルトの身体を掴み首元に剣を宛てがおうとしたとき、今度は先ほどまでカインたちが進んでいた方向の下からばっとシルヴァンが飛び出てきて、男性の腕を引き寄せその場に組み伏せた。
「ハルト君、ここは任せて、地下に行くなり街の人を助けに行くなり、早くここから去るんだ!」
シルヴァンの言葉にハルトはさっとジャンプしてシルヴァンを飛び越えていきながら路地裏を抜けようとした。
「させるかっ!」
「お前の相手は俺たちだ!」
逃げるハルトを追いかけようとカインが迫って来るが、『シュヴァルツ』のメンバーの男性を抑え込んでいたシルヴァンが足を引っ掻けようとした。カインはそれを何とか躱すも、ハルトはすでに路地裏を抜け出ていた。
何とか『シュヴァルツ』を振り切ったところでハルトはアベルに遭遇した。
「おうハルト、随分情けないところだったな」
「うるせえ。それよりアベルはどうするんだ」
「俺も団長たちをサポートする。お前は気にせず行ってこい」
ハルトがそれに答えるよりも先にアベルがハルトの背中を押し出し、自分はさっと路地裏へと入っていった。ハルトはブラウたちやシルヴァンを信じて、自分は引き続き街の人を助けることに専念しようとした。
そのとき、巨大な大砲のような音が大地を揺らしながらドシンと重く鳴り響き、ハルトは思わず耳を塞いで立ち止まった。音がしたのは城の方で、何事かとそちらの方を目を向けると、そこには、エメラルドグリーンの羽をした巨鳥を庇うように押しのけている巨大な鯱の腹に、幾千本もの槍が突き刺さっている光景があった。その光景にハルトは、調べても分からなかった、何故人類がここまで幻獣族を退治してこられたのかの方法と、その情報が図書館にもなかったわけを理解した。青黒い鯱の腹部から流れ出る鮮血が夕焼けの空へと溶け込んでいった。ひた隠しにされた兵器が、グランに喰らわせたのと同じようにこれまで多くの幻獣族のことを葬り去ってきたのだと思うと、ハルトはひたすら虚しい気持ちにさせられた。
☆
激しい轟音と共に振り向くと、そこにはハルト曰くグランという幻獣族が、幾千本もの槍を腹に喰らっている光景が映っていた。
「くくっ、帝都の重鎮たちもとうとう出してきやがったな」
カインが忌々しそうに呟きながら、ブラウが少女をアベルに引き渡すのを確認していた。カインもシルヴァンに少女の母親を渡し、シルヴァンがそのまま少女もまとめて母親を地下へ連れて行くのを目を細めて眺めていた。そのカインの様子に、昔と変わらぬカインの姿をブラウは確かに見た。
「団長、今クレールがジルのことを探してくれてるがまだ見つからないらしい」
「分かった、ありがとう。アベルはどうする」
「俺はこの場に増援が来ないように見張りながら逃げ遅れた人がいないか目を凝らしておくぜ」
アベルはどんと胸を叩き、この場に相応しくないほど明るい笑顔で答えた。アベルの返答にブラウも思わず笑顔になる。アベルはさっとその場を去っていった。
幻獣族の動向が気になるところではあったが、ブラウはひとまず目の前に集中することにした。カインは、部下二人から武器を取り上げながら地下へ行くように言っているところであった。
「二人とも、良いから早く行け」
「ですが団長」
涙目で訴えかける女性に、カインは怯まずにそのままその女性を地下へ押しやる。少しした問答が続いた後に、女性は渋々了解した様子でその姿を地下へと消していった。その様子を見届けたカインは、さっと立ち上がると感情を押し殺したような表情で、自身を挟むブラウとシルヴァンを交互に睨みつけた。
「ブラウ、言っておくがそこにいると危ないぞ」
「はあ? 何を言って……」
カインの意図の読めない忠告に首を傾げると、聞き覚えのある激しい破裂音が鳴り響いた。かと思うと、その音に付随して嵐よりも強烈な突風が襲ってきて、ブラウは咄嗟に剣を抜き出し地面に突きつけた。剣にしがみつき、足腰に力を込めて何とか吹き飛ばされるのを免れるが、大地を震わす感覚に平衡感覚を失いそうになった。
やがて風が止み、巻き上げられた髪が大人しくなったところで地面から剣を抜くが、風の起きた方から何かが焦げたり焼けたりするような不愉快な臭いとむさくるしい熱気が漂ってきて、ブラウは顔を顰めた。咄嗟にアベルが向かった方を振り向くが、アベルもブラウと同じ方法で対処したらしく、額を拭いながら剣を地面から抜いていた。
「帝都の建物は丈夫だな。流石にこの地面への衝撃と風だけでは倒壊しないようだな」
カインが呆れたように感心した声を出す。ブラウは剣を構えながらカインと距離を取る。そのブラウの動きに合わせてカインが路地裏から表に出てきて、その後ろをさらに距離を取ったシルヴァンが出てくる。カインはブラウとシルヴァンの二人に睨まれながら、距離を取って剣を構えてくる。
「もう後には引けねえな。ここまでのことを引き起こしちまったお前を許すわけにはいかねえ」
「許せねえ、か……俺は別にお前らのことはどうでも良いんだがな。お前らがどうしても俺の相手をしたいって言うなら俺もそれなりの対応をさせてもらうまでだ」
シルヴァンとカインが互いに睨み合いながら間合いを徐々に詰めていく。ブラウは今一度周囲を確認し、辺りにアベル以外誰の気配もないことを確かめてから、ブラウもカインとの距離を詰めていく。
「より良い世界にしていくっていうあの頃の俺たちの志は……まさかこんな形で違えるなんてな……」
「俺も残念さ。お前たちがこんな、未踏の大陸出身の人間が生きることを許されていない現実を見ても、この世界のことを許しちまうんだからな」
ブラウの発言にカインはブラウにもにじり寄り、プレッシャーをかけてくる。二対一にもかかわらず、隙の無い構えで牽制してくるカインに、ブラウは自身の覚悟が固まり切れていないことを自覚した。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさとやるぞブラウ。とりあえず、すべてはこいつをぶっ倒してからだ」
シルヴァンの容赦のない声音が、一気に空気を張り詰めさせた。ブラウはカインとの間に流れる空気を肌に感じて、潔く覚悟を固め直した。剣を構え直し、剣先をしっかりとカインに向ける。ブラウの気迫が伝わったのか、カインとシルヴァンの息を飲む音が重なった。そのとき、少しだけカインがニヤついた気がした。
「来いよ。お前たち二人がかりでも俺に敵わねえよ」
そのカインの言葉を合図に、ブラウとシルヴァンはカインに向かって斬りかかる。