第10話
文字数 3,206文字
「だらしないなあ、ルミア君は」
「全くだな。少しはロッティ君を見習え」
「ううう……シャルロッテ様と団長は化け物だから分かりますけど、ロッティさんも平気そうだなんて……やりますねえ」
ルミアは歯をがちがち言わせながらロッティのことを感心したようにじっと見てきた。
樹海の中では、シルヴァンと連れてきた馬、シャルロッテとルミアとロッティの二グループに別れて捜索することになった。シルヴァンが「それじゃあ、三時間ほどしたら一旦ここに戻ってこい」とだけ言い残してさっさと樹海の中に入って行ってしまった。それを見送りながら「それじゃあ私たちも行こうか」というシャルロッテの言葉で、ロッティたちも樹海に入っていく。
樹海の中は見通しが悪く、足音も降り積もっている雪のせいでかき消され、服の擦れる音や武具のかちゃかちゃと鳴る音も立ち並ぶ樹々が吸収してしまうせいで、はぐれてしまえば再び二人と合流するのは難しいと思われた。ロッティは、自分の能力でならこの樹海で迷っても大丈夫だと信じ、シャルロッテとルミアとはぐれないことに意識を集中させながら目当てのカルトックの姿を探した。
「団長、カルトック以外にも何か探してくるかもねえ」
「あまり生態系を荒らすような真似は止めて欲しいですけどね」
ロッティの心中とはかけ離れてお気楽な調子でシャルロッテが独り言ち、その言葉をルミアがさっと拾う。その後も二人は危機感を感じさせないほど、馬車に乗っていたときと同じようにリラックスした調子で話をしていた。ロッティもそれらの話を聞いているうちに、無用な心配だと感じ、張っていた気をいくらか和らげた。
樹海の中をどんどん進んでいくが、寒い地域なだけあり、この辺りの魔物や動物は一際警戒心が強かったり冬眠していたりするので遭遇することもなかった。何の発見もない寂しい探索が続いていると、シャルロッテがおもむろにロッティの方を振り返った。
「ねえロッティ君。どうして君は急にこんなことをしようと思ったの?」
ロッティは高く聳え立つ樹を見上げながら、シャルロッテの質問に対する答えを考えた。雪まみれの白い景色はカルトックスの繭を見つけにくくしており、ロッティたちを苦戦させていた。
「俺に出来ることで力になれることがあるなら、それに全力で取り組もうと思った……からだと思います」
「なあにそれ? ふうん?」
ロッティの要領を得ない答え方にシャルロッテも不思議そうに苦笑していた。ルミアはこの会話を聞いているのかいないのか、シャルロッテの様子をちらちら盗み見ながらもカルトックスの繭を探すのに集中していた。そんなルミアに対してシャルロッテの方はあまり集中していない様子で、ロッティの答え方が却ってシャルロッテの好奇心に火を点けたようで、すっかりロッティの方を向いていた。
「よく分かんないけど、それじゃあ何かそうしようと思ったきっかけはあるってことかな? 昔はなんかそんなこと言うタイプには見えなかったけどなあ」
「……シャルロッテ様、集中してくださいよ。これも一応依頼なんですから」
質問を繰り返すシャルロッテにルミアが呆れた顔で諫めようとするが、シャルロッテはそれを「まあまあ」とすっかり慣れた様子でいなしていた。ルミアはため息を吐くが、ロッティと目が合うと複雑そうな表情を浮かべた。シャルロッテが肘を突く真似をしながらロッティに答えを急かしてきた。ロッティも正直、どう答えるべきか迷っていた。
「……どうしても言わなきゃいけないことですか?」
ロッティにとっては、絞り出す思いで導いた精一杯の答え方だったが、シャルロッテはにべもなく「うん」とあっさりと頷いた。相変わらず思考が読めない人だとロッティは辟易し、引き続きカルトックスの繭を探しながらも雑に「そうですよ」と返した。シャルロッテにとってはそれで十分だったようで、嬉しそうに鼻歌を鳴らしていた。綺麗な音色にロッティが静かに感動するも、シャルロッテはすぐにその鼻歌を止めてしまい真剣な表情で探索し始めた。
ロッティもようやく落ち着いて探索できると気を緩めて樹々の間を見上げた。樹々の枝や青々しい葉には器用に雪が積もっており、今すぐにも降ってきそうだった。それらを警戒し、下手に樹に手を着いてそれらが降ってこないように、ロッティが慎重に歩いていると、雪の代わりにシャルロッテの声が上から降ってきた。
「君は……この後どうするかは、そろそろ決めたの?」
そのシャルロッテの問いかけは、普通なら何でもない、今回の依頼が終わった後のことを尋ねているように聞こえるが、ロッティはその言葉の裏に隠された問いかけを確かに感じ取った。声のした方を見上げると、随分樹の高いところに登っており、枝に座ってロッティのことを見下ろしていた。その表情はやはり、リベルハイトとしての冷たい感情が秘められていた。ロッティは思わず剥き出しそうになる敵意を抑え込んだ。
「ええ……俺は、決めましたよ」
「じゃあもう一個質問。君にとってあの子はどういう存在?」
間髪入れずにシャルロッテは質問を重ねてきた。その真剣な目を見て、何となくの勘ではあるが、シャルロッテの言うあの子がガーネットのことだろうと予想した。ロッティは気恥ずかしくなって、途端にシャルロッテと視線を合わせるのが気まずくなったが、シャルロッテの視線がずっと突き刺さるのも気になり、ロッティは仕方なくもう一度シャルロッテと向き合った。
「俺にとって……大切な存在だ。それ以上でも、それ以下でもない……」
言ってしまってから、ロッティは自分がおかしなことを言っていないか何度も自分の発言を振り返った。頬が勝手に熱くなっていくのを感じたが、気丈にシャルロッテを見据え続ける。
「ふうん。そっか……」
シャルロッテの返事は、そんなロッティの心中とはかけ離れた、ひどく冷たい声だった。そのあまりの冷たさに、ガーネットがシャルロッテによって殺される映像が浮かび上がってしまい、ロッティは改めてシャルロッテを睨むが、シャルロッテはロッティを見ながらも、どこか冷めた様子で樹の上で足をぶらぶらさせていた。
それらのやり取りを盗み見るように窺っていたルミアは、冷めた態度を示すようになったシャルロッテを心配するような瞳になったが、その視界に何かが見えたのか、途端に「あ!」と叫んだ。
「ありましたよ! カルトックスの繭」
ルミアの発言にシャルロッテが「ええ! どこどこ?」とキョロキョロと辺りを見渡した。ルミアが器用に樹の下からシャルロッテに指示を出し、シャルロッテは驚異的な身体能力で樹の上を移動していくが、全然違う方向に向かっているようでルミアが困ったような悲鳴をあげている。それもわざとなのか、中々見つけられないシャルロッテはルミアをからかっていたが、ルミアも負けじと憤慨しながら指示を粘り強く出し続けた。ロッティもそのやり取りを聞いているうちにカルトックスの繭を発見したが、それでも二人のやり取りを邪魔してはいけないような気がして黙ってその様子を見守っていた。時折笑顔を見せながらはしゃいだように騒ぐシャルロッテは、リベルハイトとしての残虐な一面があるとは思わせないほど純粋に楽しんでいるようだった。