第3話
文字数 3,244文字
「フルールさん。質問良いですか」
「はい、何でしょうか」
フルールはロッティの方を振り向きつつも、足を止めることはなかった。
「この街で造られたっていう
そこでロッティは続く言葉を思わず飲み込んだ。フルールの顔から表情がなくなったからである。フルールもフルールであまり感情が表に出ないタイプであることはすれ違う人との会話で分かっていたことではあったが、同じ無表情でもガーネットとはやはりどこかが異なり、多少の心の機微は常に見え隠れしていた。それが、今では文字通り感情が抜け落ちて普段のガーネットのような冷めた無表情さを表していた。
しかしそれも一瞬のことで、フルールはすぐに正気を取り戻して、戸惑っているロッティを安心させるかのように微笑んでみせた。
「すみません、少しぼうっとしてしまって。機械人形について、何が知りたいのでしょうか」
フルールの急変にぼんやりしていたロッティは、フルールの淡々とした声にすら敏感に反応してしまいしばらく言葉に詰まってしまうが、フルールが不思議そうに首を傾けるのを見て、ようやく少しだけ動揺を抑えることが出来た。平静を取り戻そうと少しだけ長く息を吸って吐いた。
「本当に気になったっていう程度なんですけど……機械人形って、どんな目的で造られたんでしょうか。最近になって普及し始めたという話を聞いたんですが、機械人形が作られたのは最近のことなのでしょうか」
ガーネットが一瞬だけちらりと自分の方を見たのを感じた。
先ほどまでの表情の変化は何だったのか、フルールは子供のように顎に手を当てて考える素振りを見せた。
「そうですね…………機械人形は、人手の少なさを補うためだったり、疲れ知らずな特徴を生かした夜通しの作業を任せたり、様々ですね。お金持ちの方になると、メイド代わりにお買い求めになる方もいらっしゃいますね」
フルールは静かに胸に手を当てた。相槌を打とうとして、ちょうど曲がり角にぶつかった。
広い道に出ると、それまでなかった馬車の往来が見え始め、ロッティたちはその脇の道を歩くことになった。歩行者と馬の通る道との間には、それらを隔てるように等間隔に樹が植えられており、煉瓦で出来た赤茶けた街を見事に彩っていた。
「機械人形の製造の目的は、人の生活を支えるため、人手を補うため、といったところでしょうか。しかしこの発明はここ最近のものではありません」
話は続いていたらしく、フルールは機械人形のことについて内容を付け足した。ロッティは最後の言葉に違和感を覚えたが、何が引っ掛かったのか上手く言葉に出来ず、言及することは出来なかった。
ふと、フルールが急に立ち止まった。頬に冷たい風を感じ、風に流されて木の葉のさらさら揺れる音がやけに耳に残った。フルールは真正面からロッティに向き合ったが、その目はやけに遠くを見ているように思えた。
「機械人形にはこんな噂があるんです。初めて機械人形を造り上げた人は、ただ、自分の娘を蘇らせたかっただけなのだと」
フルールの風に靡く髪がやけに儚く、幻想的だった。一瞬時の止まったような空気の中、ロッティは今歩いている道をまっすぐ歩いたところに先ほど発見した時計台とそれを取り囲む建物があることに気がついた。
フルールはそのままロッティたちを、まさしくロッティが講堂だと予想していたコの字になっている建物の、向かって左側に連れていった。講堂に囲まれた中央のスペースは噴水の広場のようになっていたが、そこには暇そうなお爺さんが座って休憩しているだけであった。
小さな石造りの階段を上った先にある講堂の扉は大げさだった。一般家屋の扉の四倍ほどはあるかと思える大きさで、板チョコを彷彿とさせる外観をしており、金色の取っ手が目にあまり優しくない。ロッティは、今からこの建物の中に入ることも、この建物に用があることも信じられないような気がしてならなかった。
「なあ、俺たち場違いじゃないのか」
先を歩くフルールに聞こえないようにガーネットに耳打ちした。ガーネットがそっと顔を近づけてくるとふわっとガーネットの香りが舞うが、それとは対照的にそのときのガーネットの目つきは鋭く、少しだけ怒っているように見えた。
「用はきちんとあるから。着いて来てくれないと困るよ」
いつもより低く、声を潜めて早口にそう言うと、ロッティが何を言う間もなくすぐに近づいた分だけ離れていく。
リュウセイ鳥の伝説のある街では、基本的にガーネットの指示に従っていれば良かった場面は確かに多かったものの、危ない局面は何度かあった。特に、ガーネットの命が危ない場面が多かった。それもガーネットの計算の内だったのかは判断がつかないが、それでもロッティとしてはそのことで不満を抱えたのは確かであった。
今回もそうなのだろうか。これもガーネットの計画の内なのだろうか。ガーネットの言うことに間違いはないのだと、本当に丸っきり信じてもいいのだろうか。このままガーネットに何も聞かず、何も言わずにいるこの関係のままで、本当に良いのだろうか。ロッティはさっさと前を歩いていくガーネットの背中を目で追いながら、頭の片隅に居座る靄のようなものが少しだけ膨らんでいるのを自覚する。
扉はキィと音を立てて開かれる。フルールに無言で促され、ロッティも遠慮なく入った。
講堂の中は、敷居の高さを感じさせる外観とは打って変わって、意外にも地味な装飾に収まっていた。天井だけは唯一派手で、金色の装飾が連なり、それらに囲まれるようにステンドグラスが煌びやかに輝いていた。しかし、そのガラスの向こうに上階の様子が見えないことから、実際にはステンドグラスではなくそういうデザインの模様なのだと気がついた。
深紅の絨毯に導かれるようにロッティたちはフルールの後ろをついていった。いくつかの扉が見えるが、どの扉も大きさが少し小さくなっただけで入り口の扉と同じデザインをしていた。
しばらくして、いくつめかの見飽きた扉の前で、フルールがこちらを振り向きながら立ち止まった。
「ブルーメル様の部屋はこちらになります。ブルーメル様もお二人が今日訪問なさることは承知済みですのでご安心ください」
フルールの紹介した扉の横には、『ブルーメル』と達筆な筆跡で彫られた木の札が掛かっていた。ガーネットの口からも出た名前であり、ロッティには聞き覚えがないはずだったのだが、その達筆な文字はどこかで見覚えがあるような気がした。緊張で口が渇き、無意識に握りしめていた掌には手汗を掻いていた。
フルールがノックを三回重ね「フルールです。ガーネット様たちがいらっしゃってます」と扉の向こう側に呼びかけた。しばらく間が空いて、「はーいどうぞー」と想像していたよりも高い声が扉の向こうから返ってきた。フルールは腰をかがめ、ゆっくりと扉を開け「失礼します」と言いながら部屋の中に入っていく。ガーネットもロッティもそれに倣った。
部屋の中は、外から講堂を眺めたときの印象とかけ離れて意外にもこじんまりとしていた。入って左右の壁それぞれに冬用の暖炉と鏡台が設置されており、部屋の奥には人一人分ぐらいの高さにまで積み重ねられた書類が机の上に乗っていた。その背後に大きい本棚が向こうの壁一面に置かれているだけで、それ以外には特に変わったもののない部屋であったが、嗅ぎ覚えのある花の香りが部屋の中に充満していた。
「あーちょっと待っててくださいね。今キリが良いところまで片づけますので」
書類の山からそんな声が聞こえてきた。さらさらとペンを走らせる音と紙の擦れる音が鳴り止むのをロッティたちは待つことにした。ロッティが二人の様子を窺うと、ガーネットは冬用暖炉の横で壁にもたれかかり、フルールは綺麗に背筋を伸ばしたまま書類の山が減っていくのをじっと見つめていた。