第11話
文字数 3,537文字
しかし、そんな気遣いも無駄に終わることになった。内容は、フルールに関することだったからである。
「貴方に護衛の依頼をお願いしたいです。この地図に記された地域の鉱山にて、フルールをリーダーとした機械人形たちによる鉱山の閉鎖に同行し、彼女たちを魔物や不慮の事故から守ってあげてください」
依頼の内容は、至極真っ当なもののように聞こえる。しかし、この内容ならばわざわざ呼びつけなくても手紙に記せばそれで良かったようにも思える。ロッティはその疑問について尋ねてみた。
「どうしてわざわざ俺をここに来るように呼んだんですか。手紙でも済むような話だったように思えますが……」
言い終えてから、少々失礼な言い振りになってしまったかと顔を覆い隠したい気分になったが、ロッティの胸中とは正反対に、ブルーメルはにこっと笑った。その笑みにぞっとするような予感がし、寒気を感じたが、続く言葉を聞いてその予感は間違っていなかったと判明した。
「この依頼はどうしても一人の人間にしか頼めない、間違っても他の人に知られるわけにはいかない依頼なのです。しかし一人だと大変な内容だというのも承知しています。そこで、『不思議な能力』を使える貴方を直接頼み込むことにしたのです。どうかこの依頼は内密に、よろしくお願いします」
ブルーメルからの依頼を受け、ロッティは自身の能力のことについて何故知っているのかと問い詰める間もなく、講堂から追い出されすぐに馬車に乗せられた。馬車の中では窓に黒いカーテンが引かれており、ブルーメルの言う通り、第三者からの視線を徹底的に排しているようである。そこまでして行われる鉱山の閉鎖とはどんなものなのだろうか、そしてブルーメルの言葉の意味について、ロッティが考えを巡らそうとしたタイミングで、足元から振動が伝わり、けたたましく馬が嘶くとともに馬車が動き始めた。
静かに馬車に揺られながら、外の音に耳を澄ましてみると、街の喧騒が段々と遠ざかっていった。やがて車輪の転がる音が変わるとともに辺りは一気に静かになった。その間、ロッティの頭ではブルーメルに言われた言葉が何度も反駁していた。
外の景色も見られず、車輪の単調な音をバックグラウンドに流れる退屈な時間もしばらくして、ようやく馬車が止まると、扉から少女が顔を覗かせてきた。
「着きましたので、降りてください」
たどたどしい話し方をする少女はそれだけ言うとさっさとどこかへ行ってしまった。ロッティはけだるげに身体を起こして馬車を降りる。
「ロッティ様ー! こちらです」
大きな声に振り向くと、ロッティに向かって手を振っているフルールと、その背後に大勢の人影と聳え立つ洞窟のようなものが見えた。大勢の人影は生気を感じられないほどピクリとも動いておらず、おそらく彼ら全員がブルーメルの言っていた機械人形なのであろうと思われた。
ロッティがフルールたちのもとに到着すると、フルールは嬉しそうにロッティに駆け寄った。
「事前にお声掛けできず申し訳ございません。私も今日知らされたものですので」
「秘密の仕事らしいからな。何で秘密なのか、フルールは知ってるか?」
「いいえ、私も存じ上げておりません」
フルールは申し訳なさそうに首を横に振る。フルールなら何か知っているだろうと思っていただけに当ての外れたロッティは、ブルーメルの思惑がますます気になった。
「さて、私たちはあちらの鉱山を閉鎖するために爆弾を起動させるので、ロッティ様は下がっていてください」
「ああ……って、えっ? 爆弾?」
平和の使者のような穏やかなフルールからそんな物騒な単語が出てきてロッティは驚くが、フルールはロッティも置き去りに、洞窟だと思っていた鉱山の方に既に向かってしまっていた。よく見ると何か小さな箱を抱えている大勢の機械人形たちに対して、フルールがあれこれと手を伸ばして指示を出していた。すると、それまで模型のように静かだった機械人形たちは一斉に鉱山の暗闇の向こうへと忙しそうに移動し始めた。置いてけぼりにされた心境のロッティであったが、呆然とするよりも先に何とかブルーメルの依頼を思い出し、周囲に気を配りながら鉱山内で機械人形たちが怪我でもしないか目を凝らして見張っていた。
やがて先ほど鉱山内に入っていった機械人形たちが無事にぞろぞろとフルールの所まで戻ってきた。フルールはその機械人形の顔ぶれを一人ひとり覗き込むように確認していき、やがて全員揃っていることが確認できたのか、一度小さく頷いた。そして、フルールの足元に置かれていた箱に付いているレバーのようなものを、見ているこっちが気持ちよくなるほど清々しい勢いで押し込んだ。
その直後、その箱から伸びていた縄紐の上をカッと赤い光が走り、瞬く間に鉱山の暗闇へと消えていったかと思うと、耳を
やがて音も鳴り止み崩壊も落ち着くと、辺りには出入り口が完全に塞がれ切った鉱山跡と、岩同士をぶつけ合わせたことで発生した土埃が舞っているだけであった。
「フルール!」
ロッティはフルールの元まで走っていく。傍に寄ると、ロッティの気配を感じ取ったのか、フルールは伏せていた顔を恐る恐る上げ、ゆっくりと立ち上がった。崩壊した鉱山跡を眺め、ゆったりと振り返り、ロッティと目が合うと困ったように口を開いた。
「私、爆弾というものが爆発するのを初めて目の当たりにしました」
フルールはそう言うと、おもむろに、不気味に微笑み始めた。その様子は、まるで悪戯が上手く成功したことを喜ぶ子供のようだった。鉱山を閉鎖するためだけにわざわざここまでの爆弾を使用する必要があったのかと、ロッティは疑問に感じていたが、緊張感も危機感もなく、呑気にくすくすと笑っているフルールを見て、ブルーメルがロッティの能力を必要だと判断した理由を何となく察した。
その後、ロッティはフルールに連れられ、というよりフルールを見守りながら、次の鉱山へと向かった。初めこそ馬車に揺られてきたがそれ以降の移動は徒歩らしく、機械人形たちを率いるフルールと並んで走った。疲れを知らない機械人形たちは流石に遅れることなく息一つ乱さず着いて来ていたが、意外にもフルールも体力には自信があるようで、何度か小休憩はしたものの、軽快に走り続けてロッティたちを先導し続けていた。
次の鉱山でも先のときと同じようにフルールが指示を出し、機械人形たちが爆弾を設置し、ロッティがそんな彼らを見守り、爆弾を設置し終えるとフルールが起動させた。行く先々で爆弾を爆発させてはふふふと薄ら笑いを浮かべて興奮しているフルールにロッティは若干の恐怖を感じていたが、ガーネットが懸念していたような変な輩がフルールを襲ってくることはなく、やがてつつがなく指定された全ての鉱山の閉鎖を終えられた。
「これでもう爆発させることもないんですね。少し寂しい気もします」
「勘弁してくれ……」
ロッティの心境など露知らずマイペースなフルールであったが、意外にもフルールはロッティの能力のことについて何か言及してくることはなかった。
初めこそ爆発の衝撃に驚いていたためにロッティの能力を直に見ていたようではなかったみたいだが、それ以降の鉱山ではむしろ目を見開きながら鉱山が崩壊していく様を鑑賞していた。その際にも崩れてきた岩石をロッティは同様にして岩石同士をぶつけさせることでフルールたちを守っていた。しかし、普通では見られないはずの光景を見ているはずのフルールは特に何の反応も示さなかった。初めて目にする爆発に対して危機感を覚えるよりも先に無邪気に興奮を覚えるフルールの様子からして、そのような現象に何も反応しないのは違和感を覚えたが、子供のように残念そうにしながら足取りが重くなっているフルールを見てると、とても裏が、少なくともロッティが警戒しなくてはいけないような何かがあるようには思えなかった。